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【豊臣兄弟!】第37回「秀長の国」とは?豊臣秀長が大和で挑んだ国づくりと大和郡山城の史実

秀長が居城とした大和郡山城。大和支配の中心として機能した。

2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。仲野太賀さん演じる豊臣秀長を主人公に、兄・秀吉とともに戦国の世を駆け上がっていく物語も、いよいよ大きな転換点を迎えます。

9月27日放送の第37回、そのタイトルは「秀長の国」です。

四国平定を終えた秀長に与えられるのは大和国。現在の奈良県にあたる地域です。秀長は大和郡山城を新たな拠点として、自らの「国」を治める立場になります。

しかし、大和は決して簡単に統治できる土地ではありませんでした。

古くから興福寺をはじめとする寺社が大きな力を持ち、筒井氏や越智氏などの国衆も活動してきた、独特の政治構造を持つ土地だったからです。そこへ豊臣政権による新しい支配の仕組みが持ち込まれることになります。

第37回では、寺社へ納める年貢に苦しむ人々を知った秀長が検地に乗り出す展開が予告されています。ただし、ドラマで描かれる個々の人物や出来事を、そのまま史実と考えることには注意が必要です。

では実際の豊臣秀長は、大和で何をしたのでしょうか。

今回は大河ドラマ「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」をより楽しむために、豊臣秀長と大和国、大和郡山城、検地、興福寺などの寺社勢力との関係を史実から見ていきましょう。

 

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」とは?新章・大和郡山編が始まる

「秀長の国」のあらすじ―秀長は大和郡山城へ

第37回「秀長の国」で描かれるのは、これまで戦場で秀吉を支えてきた秀長が、「一国を治める」という新しい課題に向き合う姿です。

番組側から公開されているあらすじでは、関白となった秀吉が、四国平定の恩賞として弟の秀長へ大和一国を与えます。

秀長は新しい家臣を迎え、大和郡山城へ本拠を移します。

ところが、大和では興福寺をはじめとした寺社勢力が大きな影響力を持っています。ドラマでは、寺社へ納める高額な年貢に領民が苦しんでいることを知った秀長が、検地によって年貢を改めようとします。

ところが、寺社側だけではありません。

仏罰を恐れる領民からも反対され、秀長は国を治める難しさに直面する――というのが、放送前に公表されている第37回の大筋です。

戦に勝つことと、国を治めることは違います。

秀長に求められる能力も、「敵を破る武将」から「異なる利害を調整する統治者」へ変化することになります。

だからこそ「秀長の国」という題名には、大和を領地として与えられたという以上の意味が込められているのでしょう。

「秀長の国」とはどこ?現在の奈良県にあたる大和国

ここで確認しておきたいのが、そもそも大和国とはどこなのか、という点です。

大和国は、現在の奈良県にほぼ相当します。

奈良盆地を中心として、日本古代史では政治・文化の中心となった地域ですが、中世には興福寺などの寺社勢力が非常に大きな力を持つ地域となりました。

そして天正13(1585)年、秀長は大和国の郡山城へ入ります。

東京大学史料編纂所が公開する『大日本史料』の解説では、天正13(1585)年閏8月18日、秀吉が大和の筒井定次を伊賀へ移し、代わって大和を弟の羽柴秀長に与えたことが確認できます。

さらに奈良県の資料などによると、秀長は大和だけでなく、紀伊・和泉などにも所領を持つ大大名となっています。郡山城を拠点として、高取城や宇陀松山城なども大和支配の重要拠点となりました。

したがって「秀長の国」という言葉を、単純に「奈良県だけを治めた秀長」と理解すると少し狭すぎます。

むしろ郡山を本拠として、大和を中心に紀伊・和泉を含む広い地域を統治する有力大名へと成長した秀長。その転換点を象徴する言葉として捉えたほうが分かりやすいでしょう。

秀吉はなぜ弟・秀長に大和を任せたのか

では、秀吉はなぜ大和という重要な土地を秀長へ任せたのでしょうか。

天正13(1585)年は、豊臣政権の形成を考えるうえで極めて重要な年です。

秀吉は紀州を平定し、続いて四国の長宗我部氏を屈服させました。さらに関白へと就任し、単なる有力戦国大名から、全国政権を築く存在へと大きく立場を変えていきます。

当然ながら、それまで以上に広大な領域を統治しなければなりません。

そこで重要になるのが、信頼できる人物を要地へ配置することでした。

天正13(1585)年閏8月、秀吉は畿内周辺で大規模な国替えを行っています。筒井定次を大和から伊賀へ移したほか、甥の羽柴秀次を近江へ配置するなど、短期間で大名の配置を大きく変更しました。

これは秀吉による畿内近国支配を大きく前進させる政策でもありました。

そして大和を任されたのが秀長です。

なお、秀長の出生については注意が必要です。

国立国会図書館の典拠情報では、豊臣秀長の生没年を天文9(1540)年―天正19(1591)年としています。一方、奈良県関係の資料などでは天文10(1541)年ごろの出生とする説明もあります。

このため、生年については史料・研究による違いがあります。正確な生年月日まで確定した事実として扱うのは避けたほうがよいでしょう。

秀長は秀吉の天下取りの過程で軍事・行政の双方を担い、紀州や四国などでも重要な役割を果たしました。

その秀長に大和を任せることは、秀吉にとって身内への単なる「ご褒美」ではありません。

畿内支配を安定させるため、信頼できる弟を重要地域へ置くという意味を持っていたと考えたほうが実態に近いでしょう。

豊臣秀長が挑んだ「大和国」はどんな土地だったのか

大和には興福寺など強大な寺社勢力が存在していた

秀長が大和で直面した最大の特徴のひとつが、寺社勢力の存在です。

現在の感覚で寺院というと、宗教活動を行う場所というイメージが強いかもしれません。

しかし中世の大寺院は、土地を所有し、人々を支配し、場合によっては武力を持つ政治・経済勢力でもありました。

なかでも大和において大きな存在だったのが興福寺です。

奈良県の歴史文化関係資料によれば、大和では鎌倉時代以降、一般的な武家の守護ではなく、興福寺が実質的に守護職に相当する役割を担っていました。

興福寺は大和の武士を「衆徒」「国民」などとしてその支配構造に組み込み、荘園の管理・経営などにも関与させていました。

つまり秀長が入った大和は、戦国大名の領国支配がそのまま成立していた地域ではありません。

長い歴史を持つ寺社と在地武士による複雑な関係の上に成り立っていた土地だったのです。

そこへ秀吉・秀長による豊臣政権の統治制度が入ってくるわけですから、摩擦が起こらないほうが不思議だったともいえます。

筒井氏・松永久秀らが争った戦国時代の大和

もちろん、大和にも戦国時代はありました。

奈良県の資料によれば、中世大和では北部に筒井氏・古市氏・箸尾氏、南部に越智氏・十市氏・楢原氏、宇陀には秋山氏・沢氏・芳野氏など、多くの国衆が勢力を持っていました。

なかでも大きな力を持ったのが筒井氏と越智氏です。

戦国時代になると、三好氏の勢力を背景として大和へ進出した松永久秀も加わります。

そのため大和では、筒井氏、越智氏などの在地勢力、興福寺などの寺社、さらに畿外から進出してくる三好氏や松永氏といった、さまざまな勢力が入り乱れる状況となりました。

その後、織田信長の勢力拡大によって状況は大きく変化します。

筒井順慶は信長に従い、大和支配を進めます。そして天正8(1580)年ごろから郡山城の築城を進めました。

現在の大和郡山城は、秀長が一から造った城ではなく、筒井順慶によって築城が始められた城なのです。

筒井順慶の死後、跡を継いだ筒井定次は大和を離れ、伊賀へ国替えとなります。

そこへ入ったのが秀長でした。

秀長以前の大和支配はなぜ複雑だったのか

こうした歴史を見れば、秀長が大和統治で向き合わなければならなかった問題も見えてきます。

大和には「この人物だけを従わせれば国全体が従う」という単純な権力構造がありませんでした。

興福寺を中心とする寺社のネットワークがあり、その下あるいは周辺には多くの国衆が存在していました。

奈良県は、大和では興福寺が守護職に相当する役割を担っていたため、「核になる戦国武将」が存在しにくかったと説明しています。

これは秀長の立場から見れば難しい問題です。

軍事的に敵を倒したとしても、それだけでは土地の支配は完成しません。

誰がどの土地を持っているのか。

誰が誰から年貢を取っているのか。

寺社はどのような権利を持っているのか。

在地武士の所領をどうするのか。

農民の年貢をどの基準で決めるのか。

これらをひとつずつ整理する必要があります。

言い換えれば、大和で秀長に求められたのは「戦争の才能」以上に「行政の才能」だったのです。

豊臣秀長は「秀長の国」大和をどう治めたのか

領民の年貢問題を知った秀長

ドラマ第37回では、大和の領民が寺社へ納める年貢に苦しんでいることを知った秀長が、年貢を適正化するために検地へ乗り出す筋書きとなっています。

ここは、ドラマと史実を分けて考える必要があります。

「領民が寺社へ高額な年貢を納めて苦しんでいたため、秀長が救済目的で検地を始めた」という具体的な因果関係まで、そのまま史実として確認できるわけではありません。

一方で、秀長が大和へ入った後、土地や寺社領を把握し、大和支配を再編していったこと自体には史料的な裏付けがあります。

奈良県関係の資料でも、天正13(1585)年に郡山へ入った秀長が田畑の検地を行い、財政基盤の確立を図ったことが紹介されています。

さらに、盗賊追討を命じ、寺社との関係を定める掟も制定したとされています。

つまりドラマで描かれる「国づくり」には、史実上の大和統治を背景にした部分があるわけです。

秀長が実施した検地とは?太閤検地との関係

ここで登場する重要な言葉が検地です。

検地とは、田畑の面積や生産力、耕作者などを調査し、土地からどれほどの収穫が見込めるかを把握する政策です。

戦国時代まで、土地に対する権利関係は非常に複雑でした。

ひとつの土地に複数の権利者が存在し、荘園領主、寺社、武士などがそれぞれ収入を得る場合もあります。

全国政権を目指す秀吉にとって、この複雑な土地関係を整理して、政権側が生産力と年貢負担を把握することは非常に重要でした。

後世「太閤検地」と総称される政策です。

豊臣期の検地に関する研究では、天正13(1585)年に大和でも検地が実施されたことが指摘されています。

土地の広さや生産力を把握すれば、「この村からどの程度の年貢を取るのか」という基準を設定できます。

これは農民のためだけの政策ではありません。

豊臣政権が領国を安定して支配し、軍事力や財政力を維持するための基盤でもありました。

したがって、検地を「秀長が重税に苦しむ人々を救った政策」とだけ説明するのも、「農民から税を取るためだけの政策」と説明するのも単純化しすぎでしょう。

土地、農民、年貢、領主の関係を豊臣政権の基準で把握し直す。

そのこと自体が、新しい領国支配の重要な一歩だったのです。

寺社勢力との対立―秀長は何を変えようとしたのか

では、秀長は大和の寺社をどのように扱ったのでしょうか。

ここで重要な史料のひとつが『多聞院日記』です。

興福寺多聞院の英俊らによって書き継がれた日記で、戦国から織豊期の大和を知るうえで極めて重要な史料として知られています。

東京大学史料編纂所によれば、秀長が大和へ入った天正13(1585)年9月、興福寺に寺領の「指出」を提出させ、その領知高を決めています。

指出とは、土地や収入などを申告した文書です。

つまり新しい支配者となった秀長側が、「あなたたちはどこに、どれだけの土地を持っているのか」と寺社に申告させ、その権利を把握しようとしたわけです。

これは大きな変化でした。

それまで長期間にわたり地域社会に大きな影響力を持ってきた寺社に対し、新しく入ってきた大名が土地や収入を把握し、政権の秩序の中へ組み込もうとするからです。

ただし、秀長と寺社の関係を「寺を弾圧する秀長」という構図だけで捉えることもできません。

天正14(1586)年には、秀長の主導で春日社の造替が行われています。

東京大学史料編纂所の資料では、同年5月には新殿の立柱・上棟、遷宮が実施されたことが確認されています。

つまり秀長の政策は、寺社を単純に破壊することではありません。

既存の権利を把握し、必要な規制を行う一方、重要な宗教施設については保護や造替にも関与する。

支配者として寺社との新しい関係を構築していったと見るべきでしょう。

「調整役」秀長の本領は大和統治にも現れたのか

豊臣秀長という人物については、「秀吉を支えた名補佐役」あるいは「豊臣政権の調整役」というイメージが定着しています。

ただし、こうした人物評価を後世のイメージだけで膨らませすぎることには注意が必要です。

史料から確実に言えるのは、秀長が単なる軍事指揮官ではなく、広大な所領を任され、寺社・国衆・家臣など多様な勢力を抱える領国の経営を担った人物だったということです。

大和支配は、その能力が最もよく現れる場面のひとつでしょう。

秀長が大和に入った直後には、興福寺の領地を把握し、検地を進め、盗賊追討を命じ、寺社との関係を定める政策が進められました。

一方で、春日社の造替にも関わっています。

権利を制限するだけではなく、既存勢力と関係を築きながら豊臣政権の秩序へ組み込んでいく。

その作業こそ、「国を治める」ということだったのでしょう。

第37回の「秀長の国」は、戦場で兵を率いる秀長とは異なる姿を見る回になりそうです。

豊臣秀長と大和郡山城―なぜここが「秀長の国」の中心になった?

秀長が大和郡山城に入った理由

大和国を治める秀長の本拠となったのが大和郡山城です。

先ほど触れたように、この城の築城は筒井順慶の時代に始まりました。

大和郡山市によれば、郡山城は天正8(1580)年の筒井順慶による築城に始まり、秀長の時代には城郭の主要部分がほぼ完成したとされています。

そして天正13(1585)年9月3日、秀長は兄・秀吉とともに約5000人の将士を率いて郡山城へ入ったと大和郡山市は紹介しています。

場所を地図で見れば、郡山が重要だった理由も分かります。

奈良盆地の北西部に位置し、大坂・京都方面との交通にも接続しやすい場所です。

大和国内を治めながら、畿内全体を意識することのできる場所でもありました。

実際、大和郡山市は秀長入城後の郡山城について、豊臣政権による「畿内統治の拠点」の一つと位置づけています。

つまり郡山城は、単なる秀長個人の住居ではありませんでした。

豊臣政権が大和を含む畿内を安定させていくための政治・軍事拠点だったのです。

秀長が進めた郡山城と城下町の整備

秀長は郡山城そのものも大規模に整備しました。

奈良県関係の資料によれば、筒井順慶が築城を始めた郡山城を、秀長は巨大な所領を持つ大名の居城にふさわしい城へと大改修しています。

城だけではありません。

重要なのは城下町です。

戦国大名が領国を治めるには、巨大な城だけ造ればよいわけではありません。

家臣を住まわせる武家地。

商人が集まる町。

物資を流通させる市場。

街道。

寺社。

こうした機能を城の周囲へ集約することで、政治・経済の中心都市をつくる必要があります。

大和郡山市の資料によると、秀長が進めた城下町の経済振興策は、その後の郡山の都市形成にも大きな影響を与え、後世の住民自治制度「箱本制度」へつながっていったとされています。

郡山城には内堀・中堀・外堀という三重の堀があり、城郭中心部、武家地、城下町を含む惣構えの都市へ成長していきました。

現在見られる規模が最終的に整うのは秀長死後の増田長盛時代を含みますが、秀長期に城郭の主要部分が形成されたことは大和郡山市も指摘しています。

まさに郡山は「秀長の国」を象徴する都市だったのです。

「大和大納言」豊臣秀長へ―大大名となった秀吉の弟

大和郡山を本拠としたころから、秀長の政治的地位も急速に上昇していきます。

秀長は大和・紀伊・和泉などの所領を有し、天正15(1587)年には従二位権大納言となりました。

そこから「大和大納言」と呼ばれるようになります。

秀吉の「弟」というだけでなく、朝廷の官位を持ち、広大な領国を支配する政権中枢の大名となったのです。

ここは、豊臣秀長の人生を考えるうえで非常に大きな変化です。

若いころから秀吉と行動してきた秀長は、兄の軍団の一武将から、やがて複数国を統治する人物へ成長しました。

大和入国は、その象徴的な出来事でした。

ドラマのタイトル「秀長の国」には、この人物の立場の変化も重ねて見ることができるのではないでしょうか。

「秀長の国」はどこまで史実?ドラマと歴史を比較

秀長の大和入国は史実なのか

ここまで見てきた通り、秀長が大和国を与えられ、郡山城へ入ったことは史実です。

東京大学史料編纂所の『大日本史料』解説では、天正13(1585)年閏8月18日に筒井定次が伊賀へ移され、大和が秀長へ与えられたことが確認されています。

そして同年9月3日には秀吉自身も大和へ入りました。

大和郡山市の史料紹介では、秀長が秀吉とともに5000人の将士を伴って郡山へ入城したとされています。

したがって、「秀長が突然ドラマの都合で奈良へ移った」という設定ではありません。

豊臣政権の形成過程で実際に行われた大規模な大名配置の変更が背景にあります。

むしろ注目すべきなのは、秀長の大和入国が秀吉の畿内支配強化と同時進行で行われている点でしょう。

一人の武将の転居ではなく、豊臣政権が全国政権へ成長していく過程の一部だったのです。

検地と寺社勢力との対立は史実なのか

検地についても、秀長の大和統治の一環として実施されたことが確認できます。

また、興福寺へ寺領の指出を提出させたことも史料から確認できます。

一方、ドラマのように、「寺社が不当に高い年貢を取っていた」「それを知った秀長が領民を救おうとした」「領民が仏罰を恐れて検地に反対した」という一連の筋を、すべてそのまま史実と考えることはできません。

ここにはドラマとして人物の葛藤を分かりやすく描くための物語化が含まれていると考えるべきでしょう。

史実として重要なのは、大和には寺社を中心とした長い支配秩序が存在し、そこへ秀長が新しい領主として入ったという事実です。

そして検地や指出などによって、土地と収入を把握し、豊臣政権の統治体系へ組み替えていった。

こちらが歴史上の大きな流れです。

ドラマを見る際には、「この場面は史実そのものなのか」だけを見るより、「この物語の背景には、どのような史実が存在するのか」と考えたほうが、より楽しめるのではないでしょうか。

ドラマオリジナル人物・演出にも注意

歴史ドラマでは、史実の人物だけで物語が構成されるとは限りません。

複雑な社会状況を視聴者へ伝えるため、複数の史実上の立場を一人の登場人物へ集約したり、創作人物を登場させたりすることもあります。

第37回でも、大和の庄屋や興福寺側の人物などが登場することが事前情報から確認されています。

こうした人物については、「名前が登場したから実在人物」「具体的な発言が描かれたから史料に残っている」というわけではありません。

一方で、興福寺が大和社会で強い影響力を持っていたこと、秀長が寺社領を把握しようとしたこと、検地を進めたことなど、物語の背景そのものには史実があります。

歴史ドラマの記事を書く場合、この「史実」と「ドラマ上の表現」の線引きはとても重要でしょう。

「秀長の国」から豊臣秀長はどうなっていく?大和郡山編の今後

秀長は大和だけでなく豊臣政権を支える大大名へ

大和を任されたことで、秀長の仕事が終わるわけではありません。

むしろ、ここから豊臣政権の中でさらに重要な役割を担っていきます。

大和だけでなく紀伊・和泉など広い所領を持ち、郡山を中心とした領国経営を進める一方、兄・秀吉による全国統一戦にも関与していきます。

秀長の所領は大和・紀伊・和泉などへ広がり、郡山城を中心に高取城や宇陀松山城なども大和支配の拠点になりました。

つまり「秀長の国」は、大和郡山だけで完結する物語ではありません。

全国政権を築こうとする豊臣家の中で、秀長が広域支配を担う大名になったことを意味しています。

九州平定と豊臣政権での秀長の役割

天正15(1587)年、秀吉は九州平定へ乗り出します。

ここでも秀長は重要な役割を担い、その後、従二位権大納言という高い官位へ上ります。

「大和大納言」という呼称は、このころの秀長の立場をよく表しています。

もはや単に「秀吉の弟」と説明するだけでは不十分な存在でした。

巨大な領国を持ち、政権の軍事・行政を担う有力者。

それが晩年の秀長です。

大和統治を見る意味は、秀長個人の「名君伝説」を確認することだけではありません。

秀吉が全国を統一していく裏側で、実際に各地域を誰が治め、土地や寺社、武士や農民をどのように新しい政治秩序へ組み込んだのか。

その具体例のひとつが秀長の大和支配なのです。

秀長の死は豊臣政権に何をもたらしたのか

ここからはドラマの今後につながる史実に触れます。

秀長は、秀吉より早く亡くなります。

天正19(1591)年1月22日、秀長は郡山城で死去しました。

大和郡山市の大納言塚に関する解説でも、秀長が天正19(1591)年に郡山城内で亡くなり、その地に葬られたことが確認できます。

享年については数え方や生年説によって表記に違いがあります。

大和郡山市関係の資料や『多聞院日記』では享年51とする一方、天文9(1540)年生まれとして52歳と説明する例もあります。

なお、「秀長が死んだため豊臣家が滅亡した」とまで断定することはできません。

秀長の死から豊臣家滅亡までは20年以上あり、その間には文禄・慶長の役、秀次事件、秀吉の死、関ヶ原の戦いなど、数多くの出来事があります。

それでも、秀長という有力な豊臣一門の大名が秀吉より先に亡くなったことが、政権の人的構成に大きな変化をもたらしたのは確かでしょう。

そして秀長自身が築いた大和郡山の町は、その死後も残りました。

秀長の後を継いだ豊臣秀保、さらに増田長盛らの時代を経て、郡山城は江戸時代にも重要な城として存続します。

現在も郡山城跡には石垣や堀などが残り、国史跡として秀長たちの時代の痕跡を見ることができます。

まとめ:「秀長の国」は秀長が一国の統治者となる重要な転換点

大河ドラマ「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」で舞台となる大和。

それは秀長にとって、単なる新しい領地ではありませんでした。

中世以来、興福寺などの寺社が大きな影響力を持ち、筒井氏や越智氏をはじめとする国衆が活動してきた、独特の歴史を持つ土地でした。

天正13(1585)年、秀吉は筒井定次を伊賀へ移し、大和を秀長へ与えます。

秀長は大和郡山城へ入り、城郭と城下町を整備するとともに、検地を行い、寺社領を把握し、豊臣政権による新しい領国支配を進めていきました。

その意味で、第37回のタイトル「秀長の国」は実に象徴的です。

これまで秀長は、兄・秀吉とともに戦い、天下取りを支えてきました。

しかし大和では、戦に勝つだけでは済みません。

寺社。

武士。

農民。

商人。

それぞれ異なる歴史と利害を持つ人々をまとめ、一つの領国として成り立たせていかなければならないのです。

敵将を倒す能力ではなく、人と土地を治める能力が問われることになります。

そして、その「国づくり」の舞台となったのが大和郡山でした。

現在の郡山城跡には、秀長の時代に整備された城の痕跡が残っています。さらに大和郡山市では2026年の「豊臣兄弟!」放送に合わせ、秀長と郡山の歴史を紹介する取り組みも行われています。

ドラマでは、秀長が寺社勢力や領民とどのように向き合うのかが描かれます。

一方、史実をたどっていくと、その背後にはもっと大きな歴史の転換が見えてきます。

寺社や国衆を中心とした中世大和の秩序から、豊臣政権による近世的な領国支配へ。

「秀長の国」は、その変化を一人の武将の視点から描く物語でもあるのです。

そう考えると、大和郡山編で注目したいのは、秀長がどの戦に勝つかだけではありません。

豊臣秀長はいかにして「人の補佐役」から「国の統治者」へ変わっていったのか。

そこに注目すると、第37回「秀長の国」はより興味深く見ることができるのではないでしょうか。

【ホンマでっか!?TV】令和の新常識とは?昭和・平成との「世代間のズレ」を徹底解説

「今の若い人は、そんなことを気にするの?」

あるいは反対に、「どうして上の世代は、そんなことをするの?」。

親子や職場の上司と部下、さらにはテレビを見ているだけでも、こんな疑問を抱いた経験がある人は少なくないでしょう。

昭和、平成、令和と時代が移り変わるなかで、私たちを取り巻く社会環境は大きく変化しました。携帯電話が普及し、スマートフォンが登場し、さらにSNSが生活の一部となったことで、人間関係の築き方さえ変わりつつあります。

そんな「令和の新常識」と「世代間のズレ」にスポットを当てるのが、『ホンマでっか!?TV』の「さんまVS令和の新常識!世代間のズレ解消SP」です。

番組では、昭和・平成・令和という異なる時代を生きてきた人々の間に生じる「恋愛」「性格」「SNS」「習慣」という4つのズレを取り上げる予定です。

予告では、KEY TO LITの猪狩蒼弥さんが悩む「顔出し問題」をはじめ、榎田一王さんの恋愛相談、乃木坂46・菅原咲月さんが気になる話し方、さらには子どもの名前や「厚着と風邪」にまつわる話まで登場します。

しかし、ここで注意したいことがあります。

「令和世代はこうだ」「昭和世代はこうだ」と、すべての人を世代だけで分類することはできません。

世代間の違いを考えるうえで本当に面白いのは、どちらが正しいかを決めることではなく、なぜ「当たり前」が変化したのかを考えることではないでしょうか。

今回は『ホンマでっか!?TV』で取り上げられる予定のテーマを入口として、昭和・平成・令和で変化してきた恋愛、SNS、コミュニケーション、名前、生活習慣などについて見ていきましょう。

 

 

『ホンマでっか!?TV』で紹介!令和の新常識と「世代間のズレ」とは?

昭和・平成・令和では「当たり前」がこんなに違う?

今回の『ホンマでっか!?TV』の大きなテーマとなっているのが、世代によって異なる「当たり前」です。

フジテレビの番組情報によれば、今回のテーマは「さんまVS令和の新常識!世代間のズレ解消SP」。

昭和、平成、令和と、それぞれ異なる時代を生きてきた人たちの間に存在する価値観の違いについて取り上げます。

考えてみれば、これは当然のことなのかもしれません。

例えば昭和の時代、友人と外出先で待ち合わせをする場合、現在のように「遅れるからLINEする」という方法はありませんでした。

待ち合わせ場所と時刻をあらかじめ決めておき、そこで相手を待つ。

平成になると携帯電話やメールが普及し、待ち合わせの途中でも連絡を取れるようになりました。

そして令和ではスマートフォンを使えば、メッセージだけでなく位置情報なども共有できます。

つまり、人間そのものが突然変化したというより、人間を取り巻く技術や社会環境が変化した結果、「普通」の基準も変わってきたと考える方が自然でしょう。

恋愛についても同じです。

かつては学校や職場、友人・知人の紹介など、実際の人間関係を通じて相手と出会うことが一般的でした。しかし現在では、インターネットを介した出会いも存在します。

国立社会保障・人口問題研究所の令和7(2025)年「第17回出生動向基本調査」でも、夫婦が知り合ったきっかけについて「ネットを通じた結婚」が独立した項目として集計されています。

社会の仕組みが変われば、人と人との距離の取り方も変わります。

そう考えると「世代間のズレ」は、単なる若者と年長者の対立ではなく、日本社会そのものが変化してきた結果ともいえるでしょう。

今回注目される「恋愛・性格・SNS・習慣」の4つのズレ

番組予告で明確に示されているのが、「恋愛」「性格」「SNS」「習慣」という4分野です。

番組では評論家らを交えながら、こうした世代間で起こりがちなズレについて取り上げる予定になっています。

予告されている具体的な話題も実に多彩です。

KEY TO LITの猪狩蒼弥さんに関係する「顔出し問題」。

榎田一王さんが姉に恋愛相談をするというエピソード。

乃木坂46の菅原咲月さんが気になる「喋り方」。

さらに「子どもの名前事情」や「厚着で風邪は治らない?」というテーマも告知されています。

一見すると、それぞれ無関係な話題のようにも見えます。

しかし、その根底には「自分にとって当たり前の行動が、別の世代には当たり前ではない」という共通点があります。

昭和世代にとって何気ない行動が、令和世代から見ると不思議に見える。

反対に、若者にとってごく自然な行動を、上の世代が理解できないこともあります。

今回の番組では、まさにそんな「なぜ?」がテーマになるわけです。

なぜ令和世代と昭和・平成世代ですれ違いが起きるのか?

そもそも、なぜ世代によってこれほど感覚が異なるのでしょうか。

一つの大きな要因として考えられるのが、情報環境の変化です。

昭和の時代には、テレビや新聞、雑誌などが情報収集の中心でした。

平成になるとインターネットが急速に普及。

そして令和では、スマートフォンとSNSが生活のかなり身近なところに存在しています。

現在の若者にとって、インターネットは特別なものではありません。

こども家庭庁は毎年「青少年のインターネット利用環境実態調査」を実施しており、令和7(2025)年度調査でも、青少年についてインターネットの利用率、接続機器、利用内容、利用時間、インターネット上での経験などを詳細に調べています。

つまり若い世代にとってオンライン空間は、単なる「情報を見る場所」にとどまりません。

人と交流し、趣味を楽しみ、動画を見て、ときには自分自身について発信する場所にもなっています。

そうした環境で成長した世代と、SNSのない時代に人間関係を形成した世代では、写真や連絡先、プライバシーなどに対する感覚が違っていても不思議ではないのです。

恋愛にも世代間のズレ?令和世代の新しい恋愛観

恋愛相談を家族にするのは普通?榎田一王は姉に相談

今回の予告で興味深いのが、榎田一王さんに関する話題です。

番組では、「榎田一王は姉に恋愛相談」というテーマが告知されています。

ただし、放送前の段階では具体的にどのような恋愛相談なのか、また、それについて出演者や評論家がどのような見解を示すのかまでは公表されていません。

したがって、ここから先を番組内容として推測することは避ける必要があります。

ただ、「恋愛について誰に相談するか」という問題そのものは、世代間の価値観を考える面白い材料です。

かつて恋愛は、家族には知られたくない極めてプライベートな話題として扱われることもありました。

一方、家族関係は家庭によってまったく異なります。

姉や兄と友人のような関係を築き、恋愛について気軽に話す人も当然います。

そのため「令和世代だから姉に恋愛相談する」と一般化することはできません。

むしろ今回注目したいのは、「恋愛は誰と共有するものなのか」「家族にはどこまで自分のプライベートを話すのか」という境界線そのものです。

番組でどのような議論が展開されるのか、注目したいところです。

昭和・平成・令和で変化した恋愛コミュニケーション

恋愛に関する環境は、この数十年間で大きく変わりました。

昭和の時代なら、自宅の固定電話を通して好きな相手と連絡を取ることもありました。

本人が電話に出るとは限りません。

家族が電話に出れば、「○○さんはいらっしゃいますか」と尋ねなければならない。

現在から考えると、恋愛に家族という「関門」が存在していたともいえます。

平成になると携帯電話が広がり、本人同士が直接連絡できるようになりました。

メールも普及します。

さらに令和では、LINEや各種SNSなど、コミュニケーションの選択肢が増えています。

しかも変化したのは連絡手段だけではありません。

インターネットを介して知り合うこと自体も、以前より社会に定着しています。

国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査でも、近年の結婚について、夫妻が「ネットを通じて」知り合ったケースを調べるようになっています。

恋愛の入口そのものが変わったのです。

そうなれば、「電話をするのが普通」「メッセージで連絡するのが普通」といった感覚にも違いが生じるでしょう。

ただし、これも世代だけで完全に分けられるものではありません。

電話を好む若者もいれば、SNSを使いこなす高齢者もいます。

重要なのは「昭和型」「令和型」と人間を分類することではなく、利用できるコミュニケーション手段が増えたことで、人によって心地よい連絡方法が違う時代になったと考えることではないでしょうか。

「若者は恋愛離れ」は本当?令和世代の恋愛をデータから考える

「最近の若者は恋愛をしなくなった」。

こんな言葉を耳にすることがあります。

しかし、こうした言い方には注意が必要です。

「若者」という非常に大きな集団を一括りにしてしまうからです。

一方で、恋愛や結婚に関する意識が変化していることを示すデータはあります。

令和7(2025)年6月に実施された国立社会保障・人口問題研究所の第17回出生動向基本調査では、18~34歳の未婚者のうち「いずれ結婚するつもり」と回答した割合は、男性75.1%、女性77.8%でした。

前回調査では男性81.4%、女性84.3%だったため、いずれも低下しています。

一方で、「いずれ結婚するつもり」と考えている人は依然として多数派です。

つまり、「令和の若者は恋愛や結婚を求めていない」と単純化するのも正確ではありません。

恋愛を望む人もいれば、望まない人もいる。

結婚したい人もいれば、独身という生き方を選びたい人もいる。

むしろ令和という時代の特徴を挙げるなら、生き方の選択肢が以前より可視化され、多様な価値観が表に出やすくなったということなのかもしれません。

SNSで最もズレる?猪狩蒼弥が悩む「顔出し問題」

令和世代にとってSNSの「顔出し」はなぜ大きな問題なのか

今回の『ホンマでっか!?TV』で、とりわけ現代らしいテーマといえるのが「顔出し問題」でしょう。

番組予告では「猪狩が悩む!顔出し問題」と告知されています。

こちらについても、具体的に猪狩蒼弥さんがどのような場面について語るのかは、放送前の段階では断定できません。

しかし「顔をインターネット上に公開する」という行為自体が、昭和にはほとんど存在しなかった問題です。

写真を撮ることと、その写真をインターネットに公開することは別問題です。

昭和なら、友人同士で撮影した写真はアルバムに貼られ、自宅などで保管されるのが一般的でした。

見る人の範囲も限られています。

しかしSNSの場合、公開設定によっては不特定多数の人が見る可能性があります。

写真に写った本人が投稿していなくても、友人が投稿すれば、その人の顔がインターネット上に公開されることがあります。

だからこそ現代では、「写真を撮っていい?」だけでなく、「SNSに載せてもいい?」という確認が重要になる場面があるわけです。

他人の写真をSNSに載せるときに気をつけたいこと

SNSの写真については、単なる世代間ギャップだけで片づけない方がよいでしょう。

プライバシーなどの問題も関係するからです。

写真については、第三者の肖像権やプライバシーなどに配慮する必要があります。

もちろん、日常的に友人同士で撮った写真のすべてが直ちに法的トラブルになるという意味ではありません。

しかし、「自分が撮った写真だから、自由に公開してよい」とは限らないことは理解しておいた方がよいでしょう。

例えば本人がSNSへの顔出しを望んでいない場合があります。

学校や勤務先が分かる情報が写り込むこともあります。

自宅周辺の風景から生活圏が推測される可能性もあります。

子どもの写真なら、保護者が公開範囲について慎重に考えるケースもあるでしょう。

SNS時代の「写真」は、単なる思い出の記録ではありません。

情報でもあるのです。

昭和・平成世代と令和世代で違う「写真」の感覚

ここで考えたいのが、写真の役割そのものの変化です。

昭和の写真は、撮影枚数にも物理的な制約がありました。

フィルムを購入し、撮影し、現像して初めて写真を見ることができる。

平成にデジタルカメラが普及すると、何枚でも気軽に撮影できるようになりました。

さらにカメラ付き携帯電話、スマートフォンへと進みます。

令和の現在では、撮影した写真をその場で編集し、数秒後には世界へ公開することさえ可能です。

つまり、「撮影する」「保存する」「人に見せる」という三つの行為が、スマートフォン一台の中でほぼ一体化したのです。

こども家庭庁の「青少年のインターネット利用環境実態調査」が毎年、インターネットの利用内容や利用時間、ネット上での経験まで細かく調べていることからも、オンライン空間が青少年の生活を考えるうえで無視できない存在になっていることが分かります。

写真に対する感覚の違いも、「最近の若者は細かい」と片づけるのではなく、写真が持つ意味そのものが変化した結果として考える必要がありそうです。

話し方でも世代間ギャップ?若者が気になるコミュニケーション

乃木坂46・菅原咲月が「許せない喋り方」とは?

今回の番組予告には、乃木坂46の菅原咲月さんについて「許せない喋り方」という気になる言葉も登場します。

具体的にどのような話し方なのか。

なぜ気になるのか。

これについては放送前の時点では詳細が公表されていません。

したがって、「菅原さんが○○という話し方を嫌っている」と推測で書くべきではないでしょう。

ただ、「話し方」は世代間の違いが表れやすいテーマです。

例えば、「電話とメッセージのどちらを選ぶか」「敬語をどこまで使うか」「相手との距離をどのように縮めるか」「職場でプライベートな話をどこまで尋ねるか」といった問題があります。

言葉そのものより、「その言葉を使ってもよい関係なのか」という距離感が重要になるケースもあります。

番組では菅原さんの発言をきっかけとして、どのような世代間の違いが見えてくるのでしょうか。

「昔は普通だった」が令和では通用しない?

世代間の会話で厄介なのは、悪意がないケースでしょう。

話している本人には失礼なことを言っている意識がない。

むしろ親しみを込めている。

ところが受け取る側は不快に感じる。

こうしたズレは十分に起こり得ます。

例えば職場なら、上司が部下とのコミュニケーションを深めようとして、恋人や結婚などについて尋ねることがあります。

上司にとっては雑談のつもりでも、部下にとっては「なぜ職場でそこまで話さなければならないのか」と感じることがあるでしょう。

逆に、若い社員がメッセージだけで用件を済ませようとしたとき、上司が「大事なことは直接話すべきだ」と感じることも考えられます。

どちらかが絶対に間違っているというより、コミュニケーションに求めているものが違うわけです。

だからこそ「昔はこれで問題なかった」という経験だけでは解決できない場面が出てきます。

令和世代と会話するときに「ズレ」が起きる理由

令和のコミュニケーションで特徴的なのは、複数の連絡手段が同時に存在していることです。

対面。

電話。

メール。

LINE。

SNSのDM。

オンライン会議。

用途によって使い分けられます。

昭和の時代には選択肢そのものが少なかったため、「連絡する=電話する」という状況も珍しくありませんでした。

しかし現在では「なぜこの内容で電話をするのか」という疑問が生じることがあります。

一方で文章だけではニュアンスが伝わらず、「電話で話した方が早い」という場面も当然あります。

ここに正解はありません。

相手によって最適な方法が異なるからです。

世代間ギャップを減らすためには、「自分が楽な方法」ではなく、「相手にとっても負担が少ない方法」を考える必要があるのかもしれません。

名前や生活習慣にも違い?昭和・平成・令和の「当たり前」を比較

名前だけで世代が分かる?変化してきた子どもの名前

今回の予告には、「世代がバレる?子どもの名前事情」というテーマも登場します。

確かに名前には、その時代の流行が反映されることがあります。

明治安田が長年実施している「生まれ年別の名前調査」を見ると、その変化は分かりやすいでしょう。

令和7(2025)年生まれでは、男の子の表記1位が「湊」、女の子の1位が「翠」でした。

男の子では「伊織」「結翔」、女の子では「陽葵」「紬」なども上位に入っています。

同調査では過去の生まれ年別ランキングも公開しているため、時代によって人気の名前が移り変わってきたことが確認できます。

もっとも、「この名前なら○歳」と正確に年齢を判断できるわけではありません。

流行する名前がある一方、何十年にもわたって使われる名前もあります。

また、親が子どもの名前に込める思いも家庭ごとに異なります。

それでも名前を眺めると、その時代の価値観や人気の漢字、響きなどが浮かび上がってくる。

名前は世代を映す一種の文化史でもあるのです。

「厚着をすれば風邪は治る」は本当なのか?

番組予告には、「厚着で風邪は治らない?」というテーマもあります。

こちらは恋愛やSNSとは違い、医学に関係する話です。

そのため番組内でどのように説明されるかとは別に、医学的情報として慎重に考える必要があります。

そもそも風邪は「寒いから」という理由だけで発症するものではありません。

一般に「かぜ症候群」と呼ばれるものの多くはウイルス感染などが関係しています。

したがって「厚着をすれば原因そのものがなくなり、風邪が治る」という単純な仕組みではありません。

さらに、厚着をさせ過ぎればよいとも限りません。

厚生労働省などの子どもの健康管理に関する資料でも、状況によっては暖めすぎないことへの注意が示されています。

もちろん、これは特定の保育・健康管理上の文脈で示された注意であり、すべての成人の風邪治療について直接説明した資料ではありません。

それでも「風邪なら、とにかく大量に服を着て汗をかけばよい」という発想を万能な治療法として考えるべきではないでしょう。

高熱が続く、呼吸が苦しい、強い倦怠感がある、水分が取れないなどの症状がある場合には、単なる「昔ながらの風邪対策」で済ませず、医療機関への相談を考える必要があります。

親から教わった「昔の常識」は令和ではどう変わった?

私たちは幼いころ、さまざまな生活の知恵を親や祖父母から教えられます。

そのなかには現在でも十分役立つものがあります。

一方で、医学や科学が進歩したことで見直された知識もあります。

ここで重要なのは、「昔の人は間違っていた」と笑うことではありません。

当時入手できた情報と、現在入手できる情報が違うからです。

これは未来から現在を振り返る場合にも同じでしょう。

令和8(2026)年現在、私たちが常識だと思っていることが、数十年後には新しい研究によって修正されている可能性もあります。

常識とは永久不変のものではありません。

その意味で「昔の常識と令和の新常識」を比べることは、単に世代の違いを面白がるだけではなく、知識がどのように更新されてきたのかを考えることでもあるのです。

令和の新常識を知れば「世代間のズレ」は解消できる?

「昭和だから」「若者だから」で一括りにしないことが重要

ここまで昭和・平成・令和という言葉を使って世代間の違いを見てきました。

しかし最後に、重要なことを確認しておきましょう。

同じ世代だからといって、全員が同じ価値観を持っているわけではありません。

令和の若者でも電話が好きな人はいます。

昭和生まれでもSNSを積極的に使う人はいます。

恋愛について家族と何でも話す人もいれば、友人にもほとんど相談しない人もいるでしょう。

結婚を希望する人もいれば、希望しない人もいます。

実際、令和7(2025)年の出生動向基本調査でも、18~34歳の未婚者について「いずれ結婚するつもり」の人が多数を占める一方、結婚を望まない人も存在します。

つまり同じ年代の中にも多様性があるのです。

「Z世代だから○○」「昭和世代だから○○」と決めつけてしまえば、世代間のズレを解消するどころか、新たなズレを生み出してしまうかもしれません。

世代ごとの常識より「なぜそう考えるのか」を知る

では、世代間ギャップを小さくするためにはどうすればよいのでしょうか。

そのヒントは、相手の行動そのものより、「なぜそうするのか」を考えることにありそうです。

例えば若者がSNSへの顔出しを嫌がったとします。

「最近の若者は神経質だ」で終わらせれば、そこから先には進みません。

しかし、「インターネットに写真が残ることを心配しているのかもしれない」と考えれば、理解できる部分が出てきます。

反対も同じです。

上の世代が電話を好む場合、「古い人だから」と片づけるのではなく、「文章では誤解が生じるから、直接話したいのかもしれない」と考えることができます。

相手の価値観に同意する必要はありません。

しかし、その価値観が生まれた理由を理解することはできます。

世代間のズレを解消するというのは、全員の考え方を同じにすることではなく、違う常識を持つ人がいることを前提としてコミュニケーションすることなのではないでしょうか。

『ホンマでっか!?TV』で紹介される令和の新常識まとめ

今回の『ホンマでっか!?TV』では、「さんまVS令和の新常識!世代間のズレ解消SP」として、昭和・平成・令和の間にあるさまざまな違いが取り上げられます。

現時点で公表されている番組情報から確認できる主なテーマを整理すると、次のようになります。

  • 恋愛に関する世代間のズレ
  • 性格やコミュニケーションに関するズレ
  • SNSに関するズレ
  • 生活習慣に関するズレ
  • 猪狩蒼弥さんの「顔出し問題」
  • 榎田一王さんが姉に恋愛相談するという話題
  • 菅原咲月さんが気になる「喋り方」
  • 世代によって変化する子どもの名前
  • 「厚着で風邪は治らない?」という疑問

MCは明石家さんまさん、進行はフジテレビの井上清華アナウンサー。

ゲストには猪狩蒼弥さん、榎田一王さん、菅原咲月さんが出演し、パネラーとしてEXIT、磯野貴理子さん、ブラックマヨネーズらが登場します。

そしてマーケティング、疲労、統計学、機能脳神経外科、コミュニケーション心理といった分野の評論家が参加する予定です。

昭和、平成、令和。

わずか数十年の間にも、私たちの生活は大きく変化しました。

固定電話から携帯電話、そしてスマートフォンへ。

フィルム写真からデジタル写真、そしてSNSへ。

人と直接出会うことが中心だった恋愛から、インターネットも出会いのきっかけとなる時代へ。

もちろん、古いものがすべて消えたわけではありません。

現在でも電話は使われていますし、直接会って話すことには大きな意味があります。

大切なのは、「令和の常識が正しく、昭和の常識が間違っている」と考えることではないでしょう。

逆も同じです。

それぞれの時代には、それぞれの社会環境があります。

そこで形成された価値観が、別の環境で育った人には不思議に見える。

これこそが「世代間のズレ」の正体の一つなのかもしれません。

そして考えてみれば、令和の「新常識」も、いつかは「昔の常識」になります。

今の若者も数十年後には、その時代の若者から、「どうして昔の人はそんなことをしていたの?」と尋ねられる日が来るでしょう。

そう考えると、世代間ギャップはなくすべき厄介なものというより、時代が変化してきた証拠ともいえます。

『ホンマでっか!?TV』で取り上げられる「令和の新常識」は、若者を理解するだけの話ではありません。

自分が「当たり前」だと思っていることは、本当に誰にとっても当たり前なのか。

そんなことを改めて考える機会にもなりそうです。

※本稿は令和8(2026)年9月22日時点で公表されている番組予告をもとに構成しています。番組内での具体的な発言、評論家の解説、紹介される調査・研究等については、9月23日の放送前であるため推測していません。

【THE世代感】「関東のスーパーマーケット」ランキングとは?

私たちの暮らしに、あまりにも当たり前のように存在しているスーパーマーケット。

野菜や肉、魚を選び、牛乳や卵をカゴに入れ、総菜を眺めながら「今日は何を食べようか」と考える――。そんな日常の風景も、実は長い年月をかけて形づくられてきたものです。

令和8(2026)年9月22日に放送されるテレビ朝日系『THE世代感』のゴールデン3時間スペシャルでは、そんな身近なスーパーに注目。関東在住5000人へのアンケートをもとに、「時代を変えたと思うスーパーマーケット」のランキングが発表されます。

しかも、単なる人気投票ではありません。

番組では関東にある17のスーパーを取材し、商品の安さを実現する仕組み、売り場づくり、スーパーにまつわる雑学、さらには昭和時代の店舗と現在の店舗との違いまで紹介される予定です。テレビ朝日の公式番組情報でも、肉のパックに敷かれている白いシート、パン売り場の配置、半額シールなど、普段何気なく目にしているものが取り上げられると予告されています。

では、5000人が選ぶ「時代を変えたスーパー」とは、いったいどのような店なのでしょうか。

今回は、『THE世代感』の「関東のスーパーマーケット」特集について、ランキングの意味からスーパーの進化の歴史まで詳しく見ていきます。

※この記事は令和8(2026)年9月22日午前時点の公式情報をもとにしています。番組で発表されるランキング順位や17スーパーすべての名称について、放送前に確認できない情報は推測していません。

 

THE世代感「関東のスーパーマーケット」ランキングとは?

関東在住5000人が「時代を変えたスーパー」を選出

今回の特集でまず注目したいのが、ランキングの基準です。

番組タイトルだけを見ると、「関東で人気のスーパーランキング」あるいは「安いスーパーランキング」のようにも思えます。

しかし、今回5000人に尋ねているのは、単純な人気や価格ではありません。

テーマは「時代を変えたと思うスーパーマーケット」です。

テレビ朝日の公式情報によれば、関東に住む5000人を対象としてアンケートを行い、その結果からNo.1が決定します。

ここが、今回のランキングを理解するうえで非常に重要なポイントでしょう。

たとえば、あるスーパーが安いからといって、それだけで「時代を変えた」と評価されるとは限りません。

大型店舗という新しい買い物スタイルを定着させた店、地域に密着した独自の品ぞろえを築いた店、徹底した低価格を実現した店、都市部で小型店舗という新しい形を展開した店、品質や商品開発で消費者の価値観を変えた店など、さまざまな評価軸が考えられます。

テレ朝POSTでも、全国規模の大型チェーンから地域密着型、都市型の小型店舗、ディスカウント型、高品質型まで、多様なスーパーが登場すると紹介されています。

つまり今回のランキングは、

「いま一番好きなスーパーはどこか」

ではなく、

「私たちの買い物そのものを変えたスーパーはどこか」

という視点で見ると、番組の狙いがわかりやすくなります。

番組が取材した関東17スーパーとは?

今回の番組では、関東にある17のスーパーが取材されています。

ただし、令和8(2026)年9月22日午前の時点でテレビ朝日が公開している番組情報では、その17スーパーすべての名称は明らかになっていません。

したがって、「おそらく○○が出るだろう」「有名だから△△も入っているだろう」と予想して店名を並べるのは避けたいところです。

スーパーは関東だけでも実に多種多様です。

全国的に知られる大手チェーンがある一方、特定の県や沿線では圧倒的な存在感を持ちながら、他地域ではあまり知られていないスーパーもあります。

さらに、近年は「スーパーだから何でもそろっている」という従来型の発想だけではありません。

低価格に特化する、総菜を強化する、生鮮食品に力を入れる、輸入食品や高級食品を充実させる、小さな売り場面積で都市部へ出店するなど、それぞれの店が異なる強みを持っています。

今回の17スーパーについても、テレ朝POSTは、大型チェーン、地域密着型、小型店舗、ディスカウント型、高品質型などが登場するとしています。

同じ「スーパーマーケット」という看板を掲げながら、実際にはまったく異なる経営戦略を持っている。

そこを比較できるのも、今回の企画の面白さでしょう。

「安いスーパーランキング」ではない点に注意

ここは検索する際にも注意が必要です。

番組では「安さのカラクリ」やお得情報も扱われる予定ですが、ランキング自体は「最も安いスーパー」を決める企画ではありません。

公式情報でも、ランキングの質問は一貫して「時代を変えたと思うスーパーマーケット」とされています。

そのため、1位になった店が必ずしも「関東で最安値のスーパー」という意味にはなりません。

逆に言えば、

「価格は少し高いけれど、商品やサービスで新しい価値を生み出した」

というスーパーが高く評価される可能性もあります。

スーパーの評価は実に複雑です。

価格、品質、立地、品ぞろえ、営業時間、生鮮食品の鮮度、総菜、プライベートブランド、接客、店舗の広さなど、人によって何を重視するかは異なります。

今回の番組では、それを「時代を変えた」という一つの切り口で見直すわけです。

普段スーパーを利用するときにはなかなか意識しない視点だけに、ランキングそのもの以上に、各店がどのような理由で支持されてきたのかに注目したいところです。

THE世代感「関東のスーパーマーケット」ランキング結果

ランキング結果を一覧で紹介

では、5000人によるランキングはどうなったのでしょうか。

テレビ朝日の番組表には、

「5000人が選ぶNo.1が今夜決定」

と明記されています。放送時間は令和8(2026)年9月22日午後7時から午後9時54分までです。

そのため、この記事を作成している同日午前の時点では、最終順位はまだ公式発表されていません。

ここで、ネット上の予想や過去の人気ランキングを今回の結果であるかのように掲載してしまうと、まったく別のランキングになってしまいます。

そこで、順位については放送結果を確認する必要があります。

今回特に注目したいのは、単に1位だけを見るのではなく、各スーパーについて、

「何位になったか」

「どんな特徴が紹介されたか」

「なぜ時代を変えたと評価されたのか」

という三つをセットで見ることです。

そうすれば、単なる順位表ではなく、日本の買い物文化そのものの変化が見えてくるでしょう。

5000人が選んだ1位のスーパーマーケットは?

当然ながら、最大の注目は1位です。

番組タイトルにも「5000人が選ぶNo.1が今夜決定」と掲げられているため、この結果が番組最大の見どころの一つであることは間違いありません。

ただ、「時代を変えた」という条件を考えると、必ずしも現在もっとも店舗数が多い企業や、最近話題になっているスーパーが選ばれるとは限りません。

ここで少し歴史を振り返ってみましょう。

日本におけるセルフサービス方式のスーパーの歴史について、全国スーパーマーケット協会は昭和28(1953)年11月、東京・青山の紀ノ国屋が日本初のセルフサービス店として開店したことを紹介しています。

これは現在から見れば、ごく普通の買い物方法です。

しかし、それ以前には、客が店員に商品を注文し、店員が商品を取って渡す対面販売も一般的でした。

客が自分で売り場を歩き、商品を手に取って比較し、買い物カゴへ入れる。

今日では意識することすらありませんが、この仕組み自体が、かつては新しい買い物体験だったのです。

「時代を変えた」という言葉を考えるなら、現在の人気だけではなく、こうした買い物文化への影響も重要になってくるでしょう。

上位に選ばれたスーパーは何が「時代を変えた」のか?

スーパーの革新というと、どうしても「安売り」が最初に浮かびます。

もちろん価格は重要です。

しかし、スーパーが変えてきたものは価格だけではありません。

まず、セルフサービスによって買い物の方法が変わりました。

次にチェーン化や大型化が進むことで、一店舗で多くの商品を購入できるようになります。

さらに冷蔵・冷凍技術や物流が発達すれば、生鮮食品や冷凍食品などを安定して供給できるようになります。

総菜が充実すれば、「家で材料から料理する」だけではなく、「スーパーで夕食の一部あるいは全部を買う」という選択肢も広がります。

近年では小型店舗、セルフレジ、キャッシュレス決済、ネットスーパーなど、店舗のあり方そのものも変化しています。

したがって、スーパーの歴史とは、食品を販売する店の歴史であると同時に、日本人の生活時間や家族のあり方、働き方、食生活の変化と重なる歴史でもあります。

『THE世代感』が今回、「人気スーパー」ではなく「時代を変えたスーパー」と題した理由も、そこにあるのではないでしょうか。

THE世代感で紹介される関東17スーパーの特徴

大型チェーンスーパーの強み

まず考えたいのが、大型チェーンです。

チェーンストアの大きな強みは、多数の店舗で商品を販売する規模を活用できる点にあります。

仕入れ、物流、商品開発、広告などを複数店舗で共有できれば、一店舗だけで経営する場合とは異なる効率化が可能になります。

消費者側から見ても、

「あのスーパーならこの商品がある」

「別の地域でも同じブランドの商品を買える」

という安心感につながります。

戦後の日本社会では都市化が進み、住宅地や郊外が広がりました。

それに合わせるように、スーパーも地域の生活インフラとして存在感を強めていきます。

全国スーパーマーケット協会の歴史を見ると、昭和33(1958)年には日本セルフ・サービス協会が設立され、同年にスーパーマーケットの定義が発表されました。昭和39(1964)年にはチェーンストア視察研究会も開催されています。

スーパーという業態が生まれ、全国へ普及し、やがてチェーン経営そのものが研究対象になっていったことがわかります。

地域密着型スーパーの魅力

一方、大手だから必ず強いとは限らないのがスーパーの面白いところです。

地域密着型スーパーには、その土地の生活を知り尽くしているという強みがあります。

同じ関東でも、東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城、栃木、群馬では、住宅事情も交通事情も食文化も同じではありません。

さらに同じ県内でも、駅前と郊外では客層が変わります。

ファミリー層が多い地域であれば大容量商品への需要が高まるかもしれませんし、一人暮らしが多い都市部なら少量パックや総菜が便利でしょう。

地域によって好まれる魚や野菜、調味料にも違いがあります。

全国一律の商品構成では拾いきれない需要に対応できることこそ、地域スーパーの強さといえます。

テレ朝POSTでも今回の企画について、「地域で長く愛されている密着型スーパー」が登場すると予告されています。

ランキングを見る際には、「全国的な知名度」だけで判断しない方が面白そうです。

関東のある地域では知らない人がいないほど支持されている店が登場する可能性もあるからです。

ディスカウント型スーパーが変えた「価格」の常識

次に注目したいのがディスカウント型スーパーです。

食品価格が上昇するなか、「少しでも安く買いたい」という需要はますます大きくなっています。

しかし、「安い」という結果だけを見ても、そのスーパーの本当の特徴はわかりません。

大量仕入れを行うのか。

商品数を絞るのか。

店舗設備を簡素化するのか。

広告費を抑えるのか。

メーカー品だけでなく独自商品を活用するのか。

価格を下げる方法は一つではありません。

番組が「安さのカラクリ」に注目しているのも、この部分なのでしょう。

実際、テレビ朝日の予告では「スーパーの裏側、お得情報、安さのカラクリ」が紹介されると明記されています。

私たち消費者は値札に書かれた数字だけを見がちですが、その数字の裏側には仕入れや物流、売り方、店舗運営などの工夫があります。

そこを知ることができれば、スーパーを見る目も少し変わるかもしれません。

高品質・こだわり型スーパーという選択

低価格化とは反対の方向から市場を変えてきたのが、高品質型のスーパーです。

「スーパー=できるだけ安い方がよい」

という考え方だけではなく、

「多少高くても、おいしいものを買いたい」

「珍しい調味料や輸入食品が欲しい」

「産地や製法まで確認して選びたい」

という消費者もいます。

つまり、スーパーが提供する価値は「価格」だけではありません。

品ぞろえそのものが店の個性になります。

テレ朝POSTでも今回、「こだわり商品がそろう高品質型」が取り上げられることが予告されています。

安さに挑戦する店と、品質や希少性に挑戦する店。

方向性は正反対のようにも見えますが、どちらも消費者に新しい選択肢を提示したという意味では、「時代を変えた」と評価される可能性を持っています。

THE世代感で紹介される「スーパーの安さのカラクリ」とお得情報

スーパーはなぜ商品を安く販売できる?

スーパーへ行くと、同じメーカーの商品でも店によって価格がかなり違うことがあります。

なぜでしょうか。

一口に理由を説明することはできません。

仕入れ条件、販売数量、店舗運営費、物流、商品の構成、特売、在庫管理など、さまざまな要素によって価格は変わるからです。

スーパー側にとっても、すべての商品を同じ利益率で販売する必要はありません。

消費者に「この店は安い」と感じてもらうため、一部の商品を戦略的な価格にするという考え方もあります。

一方、価格だけでは差別化が難しい商品については、品質や独自性を重視する方法もあります。

今回の番組では17スーパーを取材するため、同じ「安さ」でも店によって異なる工夫が紹介されることが期待されます。

そして現在、価格は消費者にとって以前にも増して大きな問題になっています。

全国スーパーマーケット協会の「2026年版スーパーマーケット白書」によると、令和7(2025)年のスーパーマーケット総売上高は全店ベースで前年比103.9%となりました。一方で、同白書は食品価格の上昇や米価格の高騰などが売上高を押し上げたことも指摘しています。

売上高が増えているからといって、必ずしも消費者がたくさんの商品を買っているという意味ではありません。

価格上昇の影響も考える必要があります。

だからこそ、「どのように安さを実現しているのか」というテーマが、令和8(2026)年現在の視聴者に響くのでしょう。

半額シールに切れ目が入っている理由とは?

番組予告で特に気になるのが、半額シールです。

テレビ朝日は今回、「半額シールに切れ目が入っている理由」を取り上げると予告しています。

スーパーを利用していれば、値引きシールを見たことがある人は多いでしょう。

閉店時間が近くなった総菜や弁当などに貼られていると、思わず手が伸びてしまうこともあります。

しかし、シールそのものの形状まで詳しく観察する人は少ないのではないでしょうか。

なぜ切れ目があるのか。

どのような目的でその形になっているのか。

こうした「見ているのに知らないもの」を扱うのが、今回の『THE世代感』らしいところです。

なお、番組が用意している具体的な答えについては、放送前の公式情報では伏せられています。

記事を書く際にも、一般論を番組の「正解」であるかのように先回りして断定するのではなく、放送内容を確認してから追記するのが安全でしょう。

知っておきたいスーパーのお得な買い物術

スーパーでお得に買うためには、「どこが一番安いか」だけを比較するより、自分が何をよく買うのかを考えることも大切です。

肉が安い店。

野菜が充実している店。

総菜が強い店。

大容量商品に強い店。

少量商品を買いやすい店。

スーパーによって得意分野は異なります。

また、家から遠い激安店へ行くために交通費や時間を使えば、商品価格だけでは測れないコストも発生します。

その意味では、スーパー選びは「最安値探し」というより、自分の生活に最も合った店を探す作業ともいえます。

今回のランキングでも、5000人それぞれに「自分の生活を変えたスーパー」があるはずです。

その集合がランキングになると考えると、単なる企業人気投票とは違った見え方がしてきます。

知っているようで知らないスーパーマーケットの雑学

肉のパックに敷いてある白いシートの名前は?

肉売り場へ行くと、トレーの中に白いシートが敷かれていることがあります。

普段はほとんど意識しません。

しかし番組では、その白いシートについて「意外な名前」が紹介される予定です。

スーパーには、このような「毎日見ているのに名称を知らないもの」が数多くあります。

商品を並べる棚。

値札。

トレー。

食品を仕切る容器。

値引きシール。

レジ周辺の設備。

買い物カート。

どれも日常生活の一部になりすぎていて、なぜその形なのかを考えることはほとんどありません。

しかし、食品を安全に販売し、作業を効率化し、消費者が選びやすくするため、それぞれに役割があります。

今回の番組を見たあと、いつものスーパーが少し違って見える人もいるのではないでしょうか。

パン売り場がレジの近くにある理由とは?

もう一つ、公式予告で示されているテーマがパン売り場の配置です。

「なぜパン売り場はレジの近くにある?」という疑問が番組で扱われます。

言われてみれば、スーパーでは商品が無作為に並べられているわけではありません。

入口付近には何があるのか。

奥には何があるのか。

レジ周辺には何があるのか。

客が店内をどのように歩くのか。

商品をどの高さに置くのか。

こうした売り場づくりも、スーパーの競争力に関わっています。

ただし、「すべてのスーパーでパン売り場が必ずレジ横にある」という意味ではありません。

店舗の広さや建物の形、主要客層によって売り場構成は変わります。

番組ではどのような理由が示されるのか、実際の放送で確認したいところです。

スーパーの商品配置にはどんな意味がある?

スーパーに行ったとき、

「前はここにあった商品が移動している」

と困った経験はないでしょうか。

売り場は固定されているようで、実際には季節や販売戦略などによって変化します。

夏になれば飲料やアイス、冬になれば鍋物関連商品、行楽シーズンなら弁当用品など、消費者の需要そのものが変化します。

また、食材同士を関連させることで買いやすくする方法もあります。

単に商品を倉庫のように並べるのではなく、

「客にどう歩いてもらうか」

「何を見てもらうか」

「どの商品とどの商品を一緒に買ってもらうか」

を考えて売り場がつくられます。

テレ朝POSTが今回、各スーパーの「売り場づくりの工夫」も紹介するとしているのは、この部分でしょう。

スーパーとは、食品が並んでいる場所であると同時に、緻密に設計された買い物空間でもあるのです。

昭和のスーパーと現在のスーパーはこんなに違う

1960~80年代のスーパーマーケットとは?

今回の『THE世代感』では、ランキングとは別に、昭和時代のスーパーを扱う企画も用意されています。

テレ朝POSTによれば、1960年代から80年代のスーパー映像を若い世代が見て、現在との「違和感」を探し出すクイズが行われます。

これは非常に興味深い企画です。

スーパーは日常生活の場所なので、変化があまりに少しずつ進みます。

そのため、「昔と現在では全然違う」と普段は感じません。

しかし昭和30年代や40年代の映像と令和の店舗を直接比較すると、違いが見えてきます。

そもそも日本でセルフサービス方式が登場したのは昭和28(1953)年とされています。

全国スーパーマーケット協会によれば、東京・青山の紀ノ国屋が日本初のセルフサービス店としてスタートしました。昭和33(1958)年には日本セルフ・サービス協会が設立され、その年にスーパーマーケットの定義も発表されています。

つまり、昭和40年代は「スーパーというものが当たり前になっていく過程」のただ中にありました。

令和の私たちが見ると不思議に思える風景も、当時の人にとっては最先端だった可能性があります。

昔の買い物カゴは現在と何が違った?

番組では、昔の買い物カゴもクイズになる予定です。

公式予告では「昔は買い物カゴが○○○だった!」と、答えを伏せた形で紹介されています。

現代ではスーパーへ入ると、プラスチック製の買い物カゴが積み重ねられています。

買い物カートへ載せ、商品を入れ、レジへ運ぶ。

あまりにも自然な行動です。

しかし、セルフサービス方式そのものがかつて新しかったことを考えれば、「客が自分で商品を運ぶための道具」も変化してきたのは当然でしょう。

カゴ一つを見ても、スーパーの歴史を考えることができます。

大量の商品を買えるようになれば、持ち運び方も変わります。

店舗が大型化すれば、店内を歩く距離も増えます。

まとめ買いが一般化すれば、カゴだけでは足りず、カートの重要性も高まります。

道具の変化は、そのまま買い物量や生活スタイルの変化を映しているのです。

昭和のスーパーで流れていたBGMの秘密

番組では、昔のスーパーの店内BGMも扱われます。

これも答えは事前には明かされていません。

現在のスーパーでも音楽や店内放送は欠かせません。

特売情報。

タイムセール。

おすすめ商品。

閉店時刻の案内。

迷子の呼び出し。

従業員向けの連絡。

「音」は、店内の情報を一度に多くの人へ届ける手段です。

しかし、その役割や使い方も時代とともに変化してきました。

スマートフォンもデジタルサイネージもなかった時代、音声による情報伝達が現在以上に大きな意味を持っていたことは想像できます。

番組でどのような「違和感」が紹介されるのか、昭和を知る世代と令和世代では反応も違いそうです。

昔のレジと現在のセルフレジの違い

変化がもっともわかりやすいものの一つがレジです。

いまではバーコードを読み取り、電子マネーやクレジットカード、スマートフォン決済で支払うことも珍しくありません。

客自身が商品のバーコードを読み込むセルフレジや、商品の登録は店員が行い、支払いだけ客が機械で行う方式も見かけます。

一方、『THE世代感』では、昔のレジについて「○○でも機能した?」という形のクイズが予告されています。

昔のスーパー映像からレジの変化を追うと、

「商品をどう登録するか」

「価格をどう計算するか」

「代金をどう受け取るか」

という三つの部分が、技術によって大きく変わってきたことが見えてきます。

将来さらに技術が進めば、令和のセルフレジさえ「昔はこんな方法で会計していたのか」と振り返られる日が来るかもしれません。

関東のスーパーマーケットはどう進化してきた?

セルフサービスの普及で買い物はどう変わった?

スーパーマーケットを考えるうえで、やはり最大の転換点の一つがセルフサービス方式でしょう。

全国スーパーマーケット協会によると、昭和33(1958)年に前身の日本セルフ・サービス協会が示した定義では、スーパーマーケットを「単独経営のもとに、セルフサービス方式を採用している総合食料品小売店で、年商1億円以上のもの」としていました。

現在では業態も大きく多様化しているため、この昭和33年の定義をそのまま現代の全スーパーへ当てはめるわけにはいきません。

しかし当時、「セルフサービス」がスーパーマーケットを特徴づける重要な要素だったことはよくわかります。

客が商品を自分で選ぶことには、大きな意味があります。

メーカーを比較できる。

容量を比較できる。

価格を比較できる。

予定していなかった商品を見つけられる。

献立を考えながら商品を追加できる。

店員へ一つずつ注文する買い方と比べれば、買い物そのものの自由度が高まります。

私たちが当たり前に行っている「店内を歩きながら考える」という行為こそ、スーパーが広めた生活文化の一つなのです。

大型スーパーから地域密着・ディスカウント型へ

スーパーの進化は、一本道ではありませんでした。

「店を大きくして商品数を増やせば進化」という単純な話ではないのです。

大型店には大型店の便利さがあります。

一方で、人口密度の高い都市部では小型店にも需要があります。

自動車でまとめ買いをする地域では広い駐車場が重要ですが、鉄道利用者が多い場所では駅から近いことの方が重要かもしれません。

大量の商品を安く買いたい人もいれば、少量だけ買いたい人もいます。

こうしてスーパーは一つの形へ収束するのではなく、逆に多様化してきました。

今回『THE世代感』が、大型チェーンから地域密着、小型、ディスカウント、高品質まで異なるタイプを一度に取り上げるのは象徴的です。

「スーパーはこういう店」という一つの答えが、もはや存在しないからです。

令和のスーパーが重視する「安さ」以外の価値

では、現在のスーパーに求められているものは何でしょうか。

もちろん安さは重要です。

しかし、令和のスーパーを「安さ」だけで説明することも難しくなっています。

総菜の充実。

時短食品。

少量パック。

健康志向の商品。

地元産品。

プライベートブランド。

キャッシュレス決済。

ネット注文。

これらはすべて、生活の変化に対応して生まれたり、拡大したりしてきたサービスです。

そしてスーパーは現在も巨大な市場です。

経済産業省によると、令和7(2025)年の小売業販売額は157兆5080億円で前年比1.4%増加しました。業態別に見るとスーパーの販売額も前年を上回り、経済産業省の分析では前年比4.7%増となっています。

一方、全国スーパーマーケット協会の食品中心のスーパーマーケットを対象とした統計では、令和7(2025)年の全店ベースの総売上高前年比は103.9%、既存店では102.8%とされています。調査対象や定義が異なるため経産省統計と数字は一致しませんが、いずれの資料からもスーパーが現在も日常消費の大きな部分を担っていることがわかります。

スーパーは「昭和に生まれて完成した業態」ではありません。

いまも生活の変化に合わせて形を変え続けているのです。

THE世代感「関東のスーパーマーケット」の放送情報

放送日時と番組内容

今回の『THE世代感』ゴールデン3時間スペシャルは、令和8(2026)年9月22日午後7時から午後9時54分まで、テレビ朝日系で放送予定です。

中心となるのは関東在住5000人へのアンケートをもとにしたランキングです。

さらに17スーパーへの取材、スーパーの裏側、お得情報、安さの仕組み、現在のスーパーにまつわる雑学、昭和のスーパー映像を利用したクイズなど、複数の企画で構成されています。

「スーパーランキングを見る番組」というより、

「スーパーという身近な存在を、歴史・価格・売り場・世代差など多角的に見直す番組」

と考えた方が内容に近そうです。

MC・ゲスト出演者

MCを務めるのは、後藤輝基さんとホラン千秋さんです。

今回のスタジオでは出演者が昭和、平成、令和の3チームに分かれます。

昭和チームには伊集院光さん、中山忍さん、矢田亜希子さん、陣内智則さん。

平成チームには大沢あかねさん、みなみかわさん、たくろう。

令和チームには、ゆうちゃみさん、猪狩蒼弥さん、ひまひまさん、高橋茂雄さんが出演すると公式番組情報で発表されています。

世代によって「当たり前」が違うことを扱ってきた番組だけに、スーパーは格好の題材でしょう。

昭和世代にとって懐かしい光景が、令和世代には奇妙に映る。

逆に、令和では普通になったセルフレジやキャッシュレス決済も、かつては想像しにくい仕組みでした。

スーパーを通して世代の違いを見ると、日本社会そのものの変化も浮かび上がってきます。

見逃し配信はどこで見られる?

テレ朝POSTでは、『THE世代感』についてTVerで期間限定の無料配信が行われていること、TELASAでは過去回も含めて配信されていることが案内されています。

今回の3時間スペシャルについても、実際の配信状況や配信終了日は各サービスで確認するのが確実です。

特にランキングだけでなく、

「なぜそのスーパーが評価されたのか」

「どんな売り場の工夫が紹介されたのか」

まで知りたい場合は、順位だけをネットで確認するより番組本編を見る方が理解しやすいでしょう。

まとめ|THE世代感で見る「時代を変えた関東のスーパー」

今回は、令和8(2026)年9月22日放送の『THE世代感』「関東のスーパーマーケット」特集について見てきました。

今回行われるのは、単純な「人気スーパーランキング」でも「激安スーパーランキング」でもありません。

関東在住5000人に、

「時代を変えたと思うスーパーはどこか」

を尋ね、その結果からNo.1を決定する企画です。

そして、ここまでスーパーの歴史を振り返ると、「時代を変える」という表現が決して大げさではないこともわかります。

昭和28(1953)年、日本初のセルフサービス店が登場しました。

昭和33(1958)年には日本セルフ・サービス協会が設立され、スーパーマーケットという新しい業態が定着していきます。

その後、チェーン化、大型化、地域密着、低価格化、高品質化、小型店舗化など、それぞれ異なる方向へ進化してきました。

そして令和の現在も、スーパーは変化を続けています。

私たちが店へ入り、自分で商品を選び、カゴに入れ、レジで会計する。

あまりにも当たり前の光景です。

しかし、その一つひとつには、かつて誰かが始めた「新しい仕組み」があります。

セルフサービスも。

買い物カゴも。

売り場づくりも。

安売りの方法も。

商品開発も。

レジの仕組みも。

最初から存在していたわけではありません。

だからこそ、今回のランキングで本当に面白いのは、

「どのスーパーが1位なのか」

だけではないでしょう。

そのスーパーが、

「何を変えたのか」。

そして、それによって、

「私たちの生活がどう変わったのか」。

そこまで見ていくと、『THE世代感』の「関東のスーパーマーケット」ランキングは、日本人の買い物文化の歴史を振り返る企画としても楽しめそうです。

さて、関東5000人が選ぶ「時代を変えたスーパーマーケット」No.1に輝くのは、いったいどのスーパーなのでしょうか。

ランキングの結果とともに、私たちが普段何気なく利用しているスーパーの意外な歴史にも注目です。

オモウマいさんま御殿とは?2026年9月22日放送の店・出演者・見どころを徹底紹介

人気番組同士が、再び“超合体”します。

令和8(2026)年9月22日、日本テレビ系で放送されるのが、『超合体!オモウマいさんま御殿!! 食と笑いの大盛り秋祭SP』です。

全国各地の個性的な飲食店と店主を紹介する『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』と、明石家さんまさんが司会を務める『踊る!さんま御殿!!』がコラボレーション。午後7時から午後9時54分まで、およそ3時間にわたって放送される大型特番となっています。

今回は、大阪でご飯約2合とドリンクが付いた500円のカレーを提供する店や、山形県寒河江市で990円の豪華な海鮮丼を出す寿司店が登場。さらに後半では、『オモウマい店』でおなじみとなった名物店主たちが『さんま御殿』のスタジオへ乗り込みます。

Snow Manの宮舘涼太さん、観月ありささん、トリンドル玲奈さん、大谷映美里さんら有名人ゲストも出演。飲食店を紹介するグルメ番組の枠を超え、店主たちの人生やキャラクター、そして明石家さんまさんとの予測不能なトークが大きな見どころとなりそうです。

そこで今回は、「オモウマいさんま御殿」に登場する店や料理、出演者、番組の見どころなどについて詳しくご紹介します。

※この記事は令和8(2026)年9月22日の放送前に公表されている番組情報をもとに構成しています。実際の放送内容とは一部異なる場合があります。

 

 

オモウマいさんま御殿とは?2026年9月22日に3時間SPを放送

オモウマい店とさんま御殿が2年ぶりに超合体

今回の特番は、『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』と『踊る!さんま御殿!!』という、一見するとまったく違うタイプの2番組を組み合わせた企画です。

『オモウマい店』といえば、安すぎる料理、大量すぎる料理、独特すぎるサービスなどを提供する飲食店を紹介する番組として知られています。

しかし、本当の魅力は料理だけではありません。

店を切り盛りする店主や家族の人柄、客との関係、商売に対する考え方などに長期間密着し、「なぜこの価格で料理を出すのか」「なぜここまで客にサービスするのか」という部分まで描いていくのが特徴です。

つまり、単なるグルメ番組というよりも、タイトルにある通り「ヒューマングルメンタリー」の側面が強い番組なのです。

一方の『踊る!さんま御殿!!』は、明石家さんまさんを中心として、芸能人や著名人がテーマに沿ってエピソードを披露するトークバラエティーです。

そこで『オモウマい店』の一般人店主が『さんま御殿』に出演したら、いったい何が起こるのでしょうか。

これが「オモウマいさんま御殿」の大きな面白さです。

両番組が最初に大型コラボを行ったのは令和6(2024)年11月19日でした。このときも『オモウマい店』でおなじみの店主たちが『さんま御殿』に出演。令和8(2026)年版は、それ以来およそ2年ぶりとなるコラボ企画です。

しかも今回は、前回を踏まえた仕掛けもあります。

前回、さんまさんは、一般の店主を『さんま御殿』へ送り込むことについて、まず『オモウマい店』側で試した方がよいという趣旨の発言をしていました。

そこで今回は、名物店主の映像をさんまさん自身が事前に見たうえで、『さんま御殿』へ送り込むという形が取られています。

2つの番組がただ連続して放送されるだけではなく、一方の番組で紹介された人物が、そのままもう一方の番組の世界へ入っていくわけです。

この“番組をまたいで人物を深掘りする構成”こそ、今回の3時間SPの大きな特徴といえるでしょう。

放送時間は19時から21時54分まで

放送日は令和8(2026)年9月22日。

放送時間は、午後7時から午後9時54分までです。

番組全体としては約3時間のスペシャルとなっています。

ただし、番組表上では大きく2つに分かれています。

前半は午後7時から午後8時25分まで。

ここでは『オモウマい店』を中心に、大阪の500円カレーや山形の寿司店などが紹介される予定です。

そして午後8時25分から午後9時54分までは、『さんま御殿』を中心としたトークパートとなっています。

そのため、「宮舘涼太さんが出るさんま御殿部分だけ見たい」「オモウマい店の店舗紹介は何時まで?」という人は、この午後8時25分という時刻を覚えておくとよいでしょう。

もちろん、番組全体としてはひとつのコラボ特番です。

前半に登場する『オモウマい店』の世界と、後半で名物店主がさんまさんと対峙する『さんま御殿』の世界がつながっているため、最初から見れば後半のトークもより楽しみやすくなっています。

前半はオモウマい店、後半はさんま御殿へ

前半の『オモウマい店』側では、MCをヒロミさん、進行を小峠英二さんが担当します。

ゲストとして、明石家さんまさん、ケンドーコバヤシさん、河合郁人さん、北乃きいさん、レインボーのジャンボたかおさんが出演予定です。

注目したいのは、さんまさんが単に後半の『さんま御殿』だけに登場するわけではないことです。

前半から『オモウマい店』のスタジオへ加わり、個性的な店主たちの映像を見ることになります。

そして後半になると、今度はヒロミさん、小峠さん、名物店主たちがさんまさんのホームグラウンドともいえる『さんま御殿』へ移動。

つまり、

「さんまさんがオモウマい店へ行く」

そして、

「オモウマい店の人々がさんま御殿へ行く」

という双方向のコラボになっているのです。

番組同士の単なる“合体”にとどまらない構成といえるでしょう。

オモウマいさんま御殿で紹介される店はどこ?

大阪の500円カレー店は「からめん亭」

前半の『オモウマい店』で、特にインパクトが大きいのが大阪市天王寺区にある「からめん亭」です。

注目されているのは、何といっても500円カレー。

現在は飲食店で1000円を超えるメニューも珍しくないなか、この店ではカレーが500円で提供されています。

しかも、単に価格が安いだけではありません。

番組の事前情報によると、ご飯は約2合。

さらにドリンクまで付いて500円だというのです。

では、安いから料理が単純なのかといえば、そうでもありません。

カレーには、しめじ、ニンジン、玉ねぎなどを使用。それらを強火で煮込み、ガーリックで炒めた鶏むね肉を加えています。

さらに4種類のカレー粉を独自にブレンドし、隠し味として牛乳も使ってコクを出しているそうです。

「安い」「量が多い」「料理にも手間をかける」。

普通なら、この3つを同時に実現するのは簡単ではありません。

だからこそ、『オモウマい店』が取り上げる店なのでしょう。

また、店名の由来にもなっている「からめん」も500円。

宮崎発祥の辛麺をベースとし、XO醤やこんにゃく麺を使用していると紹介されています。こちらにもご飯とドリンクが付き、麺を食べ終えたあと、スープへご飯を入れて楽しむこともできるそうです。

さらに、この「からめん」には店主の家族にまつわる背景があります。

もともとは兄が営む予定だった店を妹である現在の店主が引き継ぎ、兄が好きだった「からめん」を守り続けていることも明かされています。

こうした部分は、まさに『オモウマい店』らしいところ。

「500円で大量のカレーを出す変わった店」で終わらず、その料理が残されている背景にまで踏み込んでいくわけです。

ご飯約2合・ドリンク付き500円なのに返金?驚きのサービス

からめん亭をさらに“オモウマい店”らしくしているのが、店主のサービス精神です。

すでにご飯約2合とドリンクが付いて500円という価格設定だけでも十分に驚かされます。

ところが店主は、場合によっては客へ50円から100円ほどを“返金”してしまうというのです。

普通の飲食店で返金と聞けば、

「料理を間違えた」

「異物が入っていた」

「注文した料理が提供できなかった」

といった重大な問題を想像するのではないでしょうか。

しかし、この店は少々事情が違います。

番組の事前情報では、料理を出すのが遅くなったときだけでなく、何度も来店してくれているから、あるいは来店そのものに対する“チャレンジ代”のような理由でも、お金を返すケースがあると紹介されています。

すでに500円なのに、さらに返してしまう。

商売だけを考えれば不思議な行動です。

しかし『オモウマい店』に登場する店には、しばしばこうした“採算より客を喜ばせることを優先する店主”が登場します。

安さの理由を原価や価格競争だけで説明することはできません。

店主自身が「客に満足してほしい」「せっかく来てくれたのだから」という感情を強く持っていることが、独特のサービスにつながっているのでしょう。

今回の放送でも、500円という価格以上に、なぜそこまでサービスしてしまうのかという店主の人柄に注目したいところです。

山形県寒河江市の「追い寿司」店にも注目

もうひとつ、前半で大きな注目を集めそうなのが山形県寒河江市にある「魚河岸寿司」です。

ここで紹介される予定なのが、おまかせ海鮮丼。

価格は990円です。

寿司桶に入った海鮮丼には、宮城県産の天然本マグロをはじめ、ヤリイカ、めかぶ、蒸しエビ、煮穴子、九州産のブリなどが使われているといいます。

さらにサービスデーには、通常1243円の大盛りを普通盛りと同じ価格で食べられるというから驚きです。

ほかにも、高知県産本マグロを使った「とろ丼大盛り(チョモ)」、大量のめかぶを乗せた「めかぶ軍艦」、ワサビを使った「なみだ巻」などが紹介予定となっています。

しかし、この寿司店も料理だけが注目ポイントではありません。

最大の特徴ともいえるのが「追い寿司」です。

食事を終え、会計を頼んだ客に対して大将が声をかけ、さらに大トロの握りや中落ち軍艦などをサービスすることがあるといいます。

帰ろうとしているのに、寿司が追加される。

客からすればうれしい話ですが、店側からすればその分だけ原価が増えることになります。

ここにも、『オモウマい店』らしいサービス精神が表れています。

大将はもともとスーパーの鮮魚バイヤーを経験し、その後、22~23年ほど前に店を開業した人物と紹介されています。

当初は一般的な回転寿司形式だったものの、客一人ひとりへサービスしにくいことから、現在のように大将自身が客へ声をかける営業スタイルへ変わったそうです。

つまり、「追い寿司」は単なるテレビ向けの演出ではなく、客との距離を大切にする店づくりの延長線上にあるのでしょう。

大阪のからめん亭も、山形の魚河岸寿司も、共通しているのは“サービスしすぎ”という点です。

料理のジャンルも地域も違います。

それでも、客に喜んで帰ってもらいたいという店主の思いが、結果として「オモウマい店」を生み出しているように見えます。

さんま御殿にオモウマい名物店主が大集合

たこ焼べんてん・大衆居食 信貴など人気店主が出演

午後8時25分からは舞台が本格的に『さんま御殿』へ移ります。

そこで主役級の存在となるのが、『オモウマい店』で過去に紹介されてきた名物店主たちです。

まず出演するのが、「たこ焼べんてん」の伊藤奈緒子さん。

店の前で「マツケンサンバII」に合わせて踊ることで知られる店主です。

飲食店の店主といえば厨房に立って料理を作る姿を想像しがちですが、伊藤さんは店前で全力のダンス。

その強烈なキャラクターが、今度はさんまさんの前に登場します。

そして「大衆居食 信貴」の小池信也さんも出演します。

小池さんは寝坊癖がある店主として紹介される一方、来店客には餃子などのおまけを付けているというサービス精神旺盛な人物。

事前情報では、そのサービス方法についてさんまさんからアドバイスが飛び出し、店主やヒロミさんも交えたやり取りへ発展するとされています。

ここが『オモウマい店』と『さんま御殿』を組み合わせる面白さでしょう。

通常の『オモウマい店』ならば、店主の行動をヒロミさんや小峠さんがスタジオから見てコメントします。

今回は本人が目の前にいる。

しかも相手は明石家さんまさん。

店で自然に発揮されていたキャラクターが、トーク番組というまったく違う場所ではどう変化するのか。

そこが大きな見どころとなります。

喜味屋食堂・Petit Restaurant Giro・たざわこの店主も登場

さらに出演するのが、「喜味屋食堂」の田中啓太さん、「Petit Restaurant Giro」の藤田二郎さん、「たざわこ」の柳沢孝司さんです。

田中さんは、“ビジュアル系”を思わせる個性的なファッションでも知られる店主。

事前情報では、さんまさんが登場すると席を離れ、いきなり握手を求めたことでヒロミさんと小峠さんが慌てる場面も予告されています。

芸能人でも、さんまさんを前にした『さんま御殿』では緊張する人は少なくありません。

まして普段は飲食店を営む一般の店主です。

ところが、そうした常識通りに進まないところがオモウマ店主の面白さなのでしょう。

藤田二郎さんも注目です。

藤田さんは令和6(2024)年の第1回コラボにも出演しており、今回の店主陣では連続出演となります。

「パリ三つ星出身悪魔フレンチ」として紹介されてきた人物で、前回出演時にさんまさんを間近で見た経験もあります。

一方、柳沢孝司さんは、料理を安く提供しすぎた結果、Uber Eatsの配達員としてアルバイトまでしている店主として紹介されています。

普通に考えれば、「値上げすればいいのでは」と思うでしょう。

しかし、値上げして利益を確保するよりも、安く料理を提供することを優先してしまう。

これも『オモウマい店』に登場する人物たちに共通して見られる、独特の商売観かもしれません。

番組では、そんな柳沢さんに対してサプライズも用意されていると告知されています。

上州山賊麺 大大坊の夫婦店主もさんまと対決

「上州山賊麺 大大坊」からは、加藤亮一さん、加藤優子さん夫妻が登場します。

この2人は、仲のよい“ラブラブ夫婦”として知られている店主です。

店では夫婦の距離の近さが大きな特徴になっていましたが、『さんま御殿』ではその夫婦関係そのものがトークの題材となります。

後半のテーマのひとつは「アドバイスが欲しい!答えが出ない私のお悩み」。

事前情報では、トリンドル玲奈さんが夫との仕事の会話について相談し、加藤夫妻の夫婦間のルールなどにも話題が広がるとされています。

飲食店の店主として紹介された夫婦が、今度は芸能人から結婚生活について相談される。

この立場の逆転も面白いところです。

『オモウマい店』では“取材される側”だった店主たちが、『さんま御殿』では自分の経験を語り、時には有名人へ助言する側になる。

名物料理だけでなく、「この人はどんな人生を送ってきたのか」という部分まで見えてきそうです。

オモウマ店主VS明石家さんま!予測不能トークの内容は?

さんまも翻弄?個性派店主たちとのトークバトル

今回の後半で最も注目されるのは、やはり明石家さんまさんとオモウマ店主たちとの直接対決でしょう。

さんまさんといえば、出演者の何気ない一言を拾い、そこから次々に話題を広げていく司会スタイルで知られています。

一方、オモウマ店主たちはプロの芸能人ではありません。

だからこそ、芸能人とは違った予測不能な発言や行動が飛び出します。

ヒロミさんは前回のコラボ収録について、普段の収録以上に疲れたという趣旨のコメントをしており、今回についても店主たちの行動を心配する様子が紹介されています。

小峠さんも、店主たちがさんまさんを前にしても必要以上に恐縮せず、しっかり話していたことを見どころとして挙げています。

芸能人が何十年も磨いてきたトーク技術。

そして、一般人だからこそ可能な予定調和のない反応。

この2つがぶつかることで、通常の『さんま御殿』とは違った空気が生まれるのでしょう。

踊るたこ焼き店主と宮舘涼太がマツケンサンバ対決

その象徴的な場面になりそうなのが、伊藤奈緒子さんとSnow Manの宮舘涼太さんらによるダンスです。

最初のトークテーマは「これだけは譲れない!私の食ルール」。

ここで伊藤さんが、普段から店舗前で踊っている「マツケンサンバII」に合わせたダンスを披露するとされています。

さらに宮舘さん、=LOVEの大谷映美里さんも参加。

店主と人気アイドルという、本来ならばほとんど接点のなさそうな人々が一緒に踊る展開となります。

この組み合わせこそ、コラボ企画の醍醐味ではないでしょうか。

通常の『さんま御殿』ならば、芸能人同士のトークが中心です。

通常の『オモウマい店』なら、店主の日常をVTRで見ることになります。

今回の場合は、地方の飲食店でサンバを踊っていた店主が全国ネットの『さんま御殿』へ進出し、Snow Manのメンバーと踊るわけです。

まさに予想外の展開です。

安くしすぎてアルバイトする店主にサプライズも

そして番組終盤では、柳沢孝司さんにサプライズが用意される予定です。

柳沢さんは、安く料理を提供するために別の仕事までしている店主として紹介されてきました。

事前情報では、柳沢さんが好きな芸能人がスタジオへサプライズ登場し、さらにプレゼントも用意されるとされています。

ただし、放送前の段階では、ここですべてを書いてしまわない方がよいでしょう。

誰が登場するのか。

柳沢さんがどんな反応を見せるのか。

この部分は実際の放送を楽しみにしたいところです。

宮舘涼太・観月ありさ・トリンドル玲奈らゲストにも注目

Snow Man宮舘涼太は新玉ねぎ30キロを大量買い?

オモウマ店主以外の有名人ゲストのなかで、特に検索されそうなのが宮舘涼太さんです。

宮舘さんは今回が『さんま御殿』初出演。

Snow Manのほかのメンバーが出演してきた一方、自身はなかなか呼ばれなかったことについても触れるとされています。

宮舘さんといえば、“舘様”という愛称やエレガントなキャラクターでも知られています。

しかし今回は、そんなイメージだけではなく、食生活の意外な一面も紹介される予定です。

番組表では、「新たまねぎ30キロ購入」というエピソードが予告されています。

30キロといえば、家庭で普通に購入する量とは大きくかけ離れています。

なぜそこまで大量購入したのか。

そして実際にどうやって消費するのか。

『オモウマい店』の“大量”という世界観と、どこか相性のよいエピソードでもあります。

また宮舘さんは、「舘様」というキャラクターのイメージが強くなりすぎ、日常生活でもそのイメージとの付き合い方に悩むことがあると相談するとされています。

これに対して、長年「明石家さんま」という強烈なパブリックイメージを背負ってきたさんまさんがどう答えるのかも見どころです。

単なるアイドルの出演回ではなく、「芸能人として作られたイメージと本人の生活」という興味深いテーマへ広がる可能性もあります。

観月ありさが語る「熱さ優先」の食ルール

観月ありささんも出演します。

番組表で紹介されているのが、料理の“熱さ”に対するこだわりです。

「味よりも熱さを優先」と紹介されるほど、熱い料理への強いこだわりが語られる予定となっています。

同じ料理でも、

「熱いうちに食べたい」

「少し冷ましてから食べたい」

「猫舌だから熱いものは苦手」

など、食べ方には人によって大きな違いがあります。

食べ物に関する“自分だけのルール”は、多くの人にとって身近な話題です。

今回の『さんま御殿』では、こうした有名人の食習慣と、毎日料理を提供している飲食店主の食に対する考え方が同じスタジオで交差することになります。

そこも通常回とは違うところでしょう。

トリンドル玲奈がオモウマ夫婦店主に結婚相談?

トリンドル玲奈さんからは、夫との仕事上の会話などに関する悩みが語られる予定です。

そこで話に加わるのが、上州山賊麺 大大坊の加藤夫妻。

夫婦で店を運営している2人だからこそ、仕事と家庭をどのように分けているのかという話につながっていきます。

さらにヒロミさん夫妻、小峠さん夫妻についても、仕事に関する会話が話題になると告知されています。

“飲食店夫婦”と“芸能人夫婦”。

生活環境は違いますが、「夫婦で仕事についてどこまで話すか」という問題は共通します。

こうした身近な悩みにまで話が広がることで、『オモウマい店』を普段見ていない人にも楽しめるトークとなりそうです。

オモウマいさんま御殿の出演者一覧

オモウマい店パートのMC・ゲスト

前半の『オモウマい店』パートの出演者は次の通りです。

MCはヒロミさん。

進行は小峠英二さん。

ゲストとして、明石家さんまさん、ケンドーコバヤシさん、河合郁人さん、北乃きいさん、ジャンボたかおさんが出演します。

普段から番組を支えるヒロミさん、小峠さんの間に、さんまさんが入ったときにどのような空気になるのかにも注目です。

さんま御殿パートのオモウマ店主

後半の『さんま御殿』には、次のオモウマい店関係者が出演します。

たこ焼べんてん・伊藤奈緒子さん。

大衆居食 信貴・小池信也さん。

喜味屋食堂・田中啓太さん。

Petit Restaurant Giro・藤田二郎さん。

たざわこ・柳沢孝司さん。

上州山賊麺 大大坊・加藤亮一さん、加藤優子さん。

さらに『オモウマい店』からヒロミさん、小峠英二さんも参加します。

これだけでも十分にキャラクターの濃いメンバーです。

しかも、多くはプロのタレントではありません。

何を言うのか完全には予想できない一般人店主を相手に、さんまさんがどのようにトークを展開するのかが最大のポイントでしょう。

宮舘涼太ら有名人ゲスト一覧

有名人ゲストとして出演するのは、大谷映美里さん(=LOVE)、熊元プロレスさん(紅しょうが)、滝音、トリンドル玲奈さん、観月ありささん、宮舘涼太さん(Snow Man)、吉村紗也香さんです。

吉村紗也香さんは、ミラノ・コルティナ冬季五輪の女子カーリング元日本代表で、令和8(2026)年に現役を引退。

今回がバラエティー番組初出演と紹介されています。

一方、お笑いコンビ・滝音にとっても『さんま御殿』は特別な舞台です。

メンバーの秋定遼太郎さんは、芸人を志したきっかけのひとつとして『さんま御殿』に出演する夢を見たことを明かしており、今回その番組への初出演が実現します。

有名人ゲストだけを見ても、アイドル、俳優、芸人、アスリートと非常に幅広い顔ぶれです。

そこへ一般人の飲食店主が混ざることで、通常以上に予測しにくいトークが生まれそうです。

オモウマいさんま御殿を見逃したら?配信情報を確認

見逃し配信はどこで見られる?

「オモウマいさんま御殿を見たいけれど、午後7時からテレビの前にいられない」

そんな人もいるでしょう。

現在、TVerでは『オモウマい店』が配信されており、通常放送回などを視聴できる場合があります。

また、今回の『さんま御殿』についても、リアルタイム配信が案内されています。

ただし、特番全体の見逃し配信期間や、前半・後半がどのような形で配信されるかについては、実際の放送後にTVerの番組ページで確認するのが確実です。

配信サービスの公開期間は変更されることがあります。

後からこの記事を読む場合は、最新のTVer公式情報を確認してください。

放送終了後に確認しておきたいポイント

今回の「オモウマいさんま御殿」は、放送前と放送後で注目されるポイントが大きく変わりそうです。

放送前なら、

「出演者は誰?」

「何時から?」

「どんな店が出る?」

といった番組情報が中心でしょう。

しかし放送後になると、

「500円カレーの店はどこ?」

「山形の寿司屋はどこ?」

「宮舘涼太さんが話していた料理は?」

「サプライズで登場した芸能人は誰?」

「もう一度見たい」

といった検索が増えることが予想されます。

特に、からめん亭と魚河岸寿司については、番組放送後に実際に訪れたいと考える人も多いでしょう。

ただし、テレビ番組で全国放送された直後には、店へ客が集中する可能性があります。

営業時間、定休日、提供メニュー、価格などは今後変更されることもありますので、実際に訪問する際には店舗側の最新情報を確認することをおすすめします。

「オモウマい店」と「さんま御殿」が相性抜群な理由

今回の企画を見ていると、なぜこの2番組がコラボするのかも見えてきます。

一見すれば、

「飲食店を紹介する番組」

と、

「芸能人が話すトーク番組」

です。

ジャンルはまったく違います。

ところが、両番組には共通点があります。

それは“人”です。

『オモウマい店』では、安い料理や大盛り料理を入口にしながら、最後には店主の人柄が主役になります。

「なぜこんなに安いのか」

「なぜサービスするのか」

「どうしてこの店を続けているのか」

その答えをたどっていくと、店主の人生や価値観へ行き着きます。

『さんま御殿』も同様です。

芸能人の肩書そのものより、

「この人は普段何を考えているのか」

「どんな妙な習慣があるのか」

「家庭ではどんな人なのか」

という人間性を引き出す番組です。

だからこそ、オモウマ店主を『さんま御殿』へ連れていくという企画は意外なほど相性がいいのでしょう。

500円カレーも、990円海鮮丼も確かに気になります。

しかし、最終的には、

「なぜこの人はこんなことをしているのだろう?」

という疑問が残ります。

その人物そのものを明石家さんまさんが掘り下げる。

そう考えれば、「オモウマいさんま御殿」は単なる番組コラボではなく、2つの“人間観察番組”をつないだ企画ともいえるのではないでしょうか。

まとめ

令和8(2026)年9月22日に放送される『超合体!オモウマいさんま御殿!! 食と笑いの大盛り秋祭SP』。

午後7時からは『オモウマい店』を中心に、大阪市天王寺区のからめん亭や山形県寒河江市の魚河岸寿司などが登場します。

ご飯約2合にドリンクまで付いた500円のカレー。

990円ながら本マグロやヤリイカ、煮穴子、ブリなどが盛られた海鮮丼。

そして、帰ろうとする客へさらに寿司を出す大将。

料理だけを見ても驚きの連続です。

しかし、今回の本当の面白さは、その店を営む“人”にあるのかもしれません。

午後8時25分からの『さんま御殿』では、たこ焼べんてん、大衆居食 信貴、喜味屋食堂、Petit Restaurant Giro、たざわこ、上州山賊麺 大大坊といった店の名物店主が集結。

そこに宮舘涼太さん、観月ありささん、トリンドル玲奈さん、大谷映美里さんらが加わり、さんまさんを中心にトークを繰り広げます。

料理を安くしすぎる人。

客にサービスしすぎる人。

店の前でサンバを踊る人。

夫婦で仲良く店を営む人。

テレビタレントとは違う人生を歩んできた人々が『さんま御殿』へ入ったとき、どんな会話が生まれるのでしょうか。

前回から2年ぶりとなる「オモウマいさんま御殿」。

豪快な料理だけではなく、その料理を作っている店主たちの“オモウマい人生”にも注目です。

【X秒後の新世界】「マッチョが選んだチェーン店」はどこ?1週間食べ続けても太らないのか徹底検証

「好きなチェーン店で食事を続けながら、太らずに済んだら――」。

外食が多い人なら、一度はそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。

2026年9月22日に日本テレビ系で放送される『X秒後の新世界』では、そんな素朴な疑問に真正面から挑む企画が登場します。

題して、「マッチョが選ぶ人気チェーン店なら1週間食べ続けても太らない?」。

番組表では「食欲の秋直前…食べ過ぎ注意!ダイエットSP」と銘打たれており、マッチョが選んだ人気チェーン店で1週間食事を続け、本当に太らないのかを検証することが予告されています。2026年9月22日22時00分から22時54分までの放送予定です。

気になるのは、やはり「いったいどこのチェーン店なのか?」ということ。

さらに、実際には何を食べるのでしょうか。肉なのか、ご飯なのか、それとも意外な定番メニューなのか。そして1週間後、体重にはどのような変化が現れるのでしょうか。

この記事では、番組の公開情報をもとに、企画の内容や注目ポイントを整理していきます。

なお、2026年9月22日午前現在、番組表やTVerなどの公開情報では、チェーン店の具体的な店名や検証結果までは明らかになっていません。そこで、未公表の内容については推測せず、放送前に確認できる事実と、放送で注目したいポイントを分けて紹介します。

 

X秒後の新世界でマッチョが選んだチェーン店はどこ?

マッチョが選んだ人気チェーン店の店名

今回、最大の注目ポイントとなるのが、マッチョが選ぶ人気チェーン店とはいったいどこなのか、という点です。

番組表では、「検証!マッチョが選ぶ人気チェーン店なら1週間食べ続けても太らない?」という企画内容が明記されています。つまり、特定の人気チェーン店を舞台にして、1週間にわたる食生活を実際に検証する企画であることは確認できます。

しかし、2026年9月22日午前現在、日本テレビ系の番組表、Gガイド、J:COMテレビ番組表、TVerの公開情報を確認しても、具体的なチェーン店名までは記載されていません。

ここは非常に重要です。

ネット上では、放送前になると「この店ではないか」「筋トレをしている人なら、このチェーンを選ぶのではないか」といった予想が出てくることがあります。しかし、公式情報で確認できない段階で店名を断定することはできません。

したがって、現時点では「人気チェーン店が登場する」というところまでが確認できる情報になります。

とはいえ、今回の企画は番組タイトルにも大きく掲げられています。単なる数分間の紹介ではなく、9月22日放送回における主要企画の一つと考えてよいでしょう。

実際に店名が判明すれば、「普段から利用している店だった」「意外な店だった」と感じる視聴者も少なくないはずです。

なぜマッチョはこのチェーン店を選んだ?

もう一つ気になるのは、「なぜマッチョがその店を選んだのか」という点です。

筋力トレーニングを行う人の食事というと、鶏胸肉や卵、魚、野菜など、ある程度決まった食材を想像する人も多いでしょう。しかし、今回の企画で取り上げられるのは「人気チェーン店」です。

つまり、特殊なトレーニング食だけを提供する店ではなく、多くの人が日常的に利用できる店である可能性が高いわけです。

ここで重要になるのが「店」そのものよりも、そこで何をどう選ぶかではないでしょうか。

同じチェーン店でも、注文する料理によって摂取するエネルギーや栄養素は大きく変わります。揚げ物を中心にするのか、肉や魚を中心にするのか、ご飯の量をどうするのか。サイドメニューや飲み物まで含めれば、組み合わせはかなり多くなります。

番組で店を選んだ人物が、単純に「高タンパクだから」と説明するのか、それとも価格、注文のしやすさ、食事量、栄養バランスなどまで考えて選ぶのかも注目したいところです。

厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」に関連する解説でも、健康の保持・増進には身体活動量に応じてエネルギー収支を適切に保ち、必要な栄養素を過不足なく摂取することが基本とされています。単にタンパク質を多く取ればよいというものでもありません。

だからこそ、「マッチョが何を選ぶのか」には、店名以上のおもしろさがありそうです。

マッチョがチェーン店で選んだメニューは?

1週間で食べたメニュー一覧はどうなる?

チェーン店名と並んで検索されそうなのが、「実際に何を食べたのか」という点です。

今回の企画タイトルには「1週間食べ続けても太らない?」とあります。しかし、この一文だけでは、毎日同じ料理を食べるのか、同じチェーン店の中で異なるメニューを選ぶのかまでは分かりません。

もし複数の商品を組み合わせるのであれば、ここは非常に興味深いところです。

例えば、外食では「何を食べるか」という単品の選択だけでなく、ご飯の量、汁物、サイドメニュー、飲み物などによっても食事全体が変わります。

一見するとボリュームがありそうなメニューでも、組み合わせ次第では食事全体の栄養バランスを調整できるケースがあります。逆に「健康によさそう」というイメージだけで選んでも、実際の摂取量が多ければ話は別です。

番組では、どの料理をどのくらい食べるのか。1日何回チェーン店を利用するのか。そして毎日同じ選び方をするのか。

このあたりが明らかになれば、今回の検証を理解するうえで重要な材料になるでしょう。

現段階では具体的なメニュー名は公表されていないため、放送前に特定の商品名を挙げることは避けるべきです。

マッチョおすすめのメニューと食べ方にも注目

店名が分かったとしても、「その店なら何を食べても太らない」という話にはなりません。

今回の企画のポイントは、「マッチョが選んだ店」という言葉だけでなく、「マッチョがどのように食事を選択するか」にもあると考えられます。

筋力トレーニングをしている人の場合、タンパク質を意識することは珍しくありません。しかし、厚生労働省の情報でも、総タンパク質摂取量を増やせば増やすほど筋肉量が直線的に増えるわけではないとされています。必要量は身体活動量などによって異なるのです。

つまり、「マッチョ飯=肉を大量に食べる」という単純な構図ではありません。

番組で注目したいのは、主菜だけではなく、主食をどの程度食べるのか、野菜をどう組み合わせるのか、脂質の多い料理をどう扱うのか、といった細かな部分です。

さらに、普通盛りなのか大盛りなのかという違いもあります。

同じ商品名であっても、食べる量が違えば当然ながら摂取量も変わります。今回の検証結果を見る場合には、「どの店だったか」だけでなく、「その店でどう食べたのか」まで確認しておきたいところです。

1週間食べ続けた結果、本当に太らなかった?

検証前と1週間後の体重を比較

そして、今回の最大の答えとなるのが1週間後の結果です。

本当に太らないのでしょうか。

企画タイトルには疑問符が付けられており、現時点では結論は公開されていません。TVerにも「検証!マッチョが選んだチェーン店なら1週間食べ続けても太らない?」という企画名が掲載されていますが、放送前のため結果については明かされていません。

したがって、「太らなかった」「○kg痩せた」などと現段階で断言することはできません。

もし番組で開始前と終了後の体重が紹介されるなら、まず確認したいのは単純な増減です。

例えば、開始時の体重と7日後の体重がどの程度違うのか。さらに、毎日測定しているなら途中でどのような動きがあったのかも気になります。

ただし、体重は1日の中でも一定ではありません。

食事や水分摂取、排泄などによって変動するため、1週間という短期間の数字だけで、一般的な食事法としての効果を断定することには注意が必要です。

今回の企画は、あくまで番組が設定した条件で行われる検証として楽しみながら見るのがよいでしょう。

体脂肪率や見た目にはどんな変化があった?

もし番組で体脂肪率や筋肉量まで測定するのであれば、その点にも注目です。

「体重が増えなかった」という結果と、「体脂肪が増えなかった」という結果は、必ずしも同じ意味ではありません。

また、短期間では体内の水分量などの影響も考えられます。

そのため、番組内でどのような測定方法が採用されるのかも確認したいところです。

単純に体重計だけを使うのか。それとも体組成計を使い、体脂肪率や筋肉量まで見るのでしょうか。

ここが分かれば、「太らない」という言葉を番組が何を基準として判断しているのかも見えてきます。

マッチョが選んだチェーン店なら太らないのか?

仮に番組の検証で体重が増えなかったとしても、「そのチェーン店で食べれば誰でも太らない」と考えるのは早計です。

体重の変化には、食事だけでなく身体活動量なども関係します。

厚生労働省のe-ヘルスネットでは、摂取エネルギーが消費エネルギーを上回り、過剰分が体脂肪として蓄積されることが肥満につながると説明されています。肥満の予防や改善では、食事によるエネルギー摂取と運動などによるエネルギー消費のバランスが重要になります。

つまり、「この料理なら太らない」という単純な話ではないのです。

普段から運動量が多い人物と、ほとんど運動をしていない人物では、必要となるエネルギー量も異なります。

だからこそ、今回の番組を見る際には、「店そのものに太らない秘密がある」というよりも、「店の中でどう選び、どれだけ食べ、どのような生活をした結果なのか」という視点が重要になりそうです。

マッチョが選んだメニューのカロリーや栄養成分は?

カロリー・タンパク質・脂質・炭水化物をチェック

店名と商品名が判明すれば、次に確認したいのがカロリーや栄養成分です。

近年は、チェーン店によって公式サイトで栄養成分を公開している場合があります。

そこで確認できる場合には、エネルギーだけでなく、タンパク質、脂質、炭水化物などを見てみると、マッチョがなぜその料理を選んだのかが理解しやすくなります。

ただし、数字を見る際には一つ注意したいところがあります。

例えば、タンパク質の量だけを見て「多ければ多いほどよい」と判断することはできません。脂質や炭水化物を極端に避ければ健康的というわけでもありません。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、エネルギーだけでなく、タンパク質、脂質、炭水化物などについてそれぞれ基準が整理されています。必要量は年齢や性別、身体活動などによって変わるため、一つの商品だけを見て健康的かどうかを判断するのではなく、食生活全体で見る必要があります。

番組で具体的な商品が紹介された場合には、「なぜこの料理なのか」という説明と公式の栄養情報を照らし合わせてみると、おもしろいでしょう。

筋トレ・ダイエット向きとされる理由は?

筋トレをしている人が外食を利用する場合、「タンパク質の多い料理を選ぶ」というイメージがあります。

しかし、今回の検証をダイエットという観点で見るなら、重要になるのがエネルギー収支です。

厚生労働省の解説では、身体活動量に応じたエネルギー摂取と栄養素のバランスを保つことが基本とされています。また、体脂肪1kgを減らすために必要となるエネルギー量について約7000kcalという目安も示され、食事と身体活動を組み合わせて計画的に調整する必要があると説明されています。

そう考えると、今回の番組でマッチョがどのような理屈からチェーン店を選ぶのかは非常に気になります。

単にカロリーが低い店なのか。それとも満腹感を得ながら食事量を調整しやすい店なのでしょうか。

あるいは、主菜・主食・副菜を自分で組み合わせやすいことがポイントになる可能性もあります。

答えは放送で確認する必要がありますが、「なぜこの店なのか」を理解できれば、企画を見る楽しみも一段と増しそうです。

1週間検証はどんなルールだった?

1日何食チェーン店で食べた?

今回の企画を正しく理解するうえで、意外に重要なのが検証のルールです。

「1週間食べ続ける」という言葉だけを見ると、朝昼晩の3食すべてを同じチェーン店で食べるようにも読めます。しかし、番組表で公開されている短い紹介文だけでは、具体的に1日何食なのかまでは確認できません。

1日1食なのか、3食なのかでは条件がまったく違います。

仮に1日1食だけが対象で、それ以外は自由に食べているのであれば、チェーン店だけを理由に体重変化を説明することは難しくなります。

一方、毎日の食事の多くを特定チェーンで管理するのであれば、企画としてはかなり本格的です。

また、1回の注文量が決められているかどうかも重要でしょう。

本人が好きなだけ注文できるのか、マッチョがメニューと量を指定するのかによっても結果は変わります。

番組を見る際には、店名や結果だけをチェックして終わるのではなく、冒頭で説明されるであろうルールにも注目しておきたいところです。

運動・間食・食事量などの条件

そしてもう一つ確認したいのが運動です。

今回のタイトルでは「マッチョが選ぶ」とされていますが、実際に1週間食事をする人物が普段どの程度運動しているのか、検証中にもトレーニングをするのかなどは、現段階では明らかになっていません。

もし毎日激しいトレーニングをする人物であれば、一般的な生活をしている人とは消費エネルギーが違います。

反対に、検証期間中は普段通りの生活をするという条件なのかもしれません。

さらに、間食や飲み物も見逃せません。

食事そのものを整えていても、間食やアルコール、糖分を含む飲料などを多く摂取すれば、食事全体のエネルギー量は変わります。

番組がこれらをどこまで管理するのか。

「1週間後に太ったか、太らなかったか」という結論を見るうえで、実はこうした細かな条件の方が大切なのです。

X秒後の新世界に登場した「マッチョ」は誰?

チェーン店を選んだ人物のプロフィール

「マッチョが選ぶ」と聞けば、「そのマッチョはいったい誰なのか?」も気になるところでしょう。

しかし、2026年9月22日午前現在、公開されている番組表では、チェーン店を選ぶ人物の氏名は明記されていません。

J:COMテレビ番組表などで確認できる出演者は、MCがせいやさん、藤井貴彦さん、ヒコロヒーさん。ゲストとして、いとうあさこさん、王林さん、関根勤さん、原菜乃華さん、渡邊圭祐さんが掲載されています。

また、VTR出演者として彦摩呂さんと四千頭身の後藤拓実さん、石橋遼大さんの名前も掲載されています。

ただし、この出演者一覧だけから「誰がチェーン店を選ぶマッチョなのか」を特定することはできません。

番組内でボディビルダーやトレーナーなどが別途登場する可能性もありますが、公式に発表されていない以上、現段階で断定することは避けます。

放送で名前が判明した場合には、その人物がどのような経歴を持つのかも気になるところです。

競技としてボディビルなどに取り組んでいるのか。それともトレーナーとして食事管理に関わっている人物なのか。

「なぜその人物が店を選ぶのか」という部分まで分かれば、検証の背景をより深く理解できます。

普段の食事やトレーニングについて

もしチェーン店を選ぶ人物が競技者やトレーナーである場合、その人物が普段どのような食事をしているかも注目されるでしょう。

筋トレを続ける人の中には、食材を自炊して細かく管理する人もいれば、コンビニや外食を上手に利用する人もいます。

今回、あえて「チェーン店」がテーマになっている点は興味深いところです。

専門的な食事を毎日用意するのは大変でも、全国各地にあるチェーン店なら再現しやすいからです。

もちろん、番組で紹介された食べ方をそのまま万人に当てはめることはできません。

それでも、忙しい人が外食でどのようにメニューを選ぶのかという視点では、参考になる部分が出てくるかもしれません。

マッチョが選んだチェーン店は実際にダイエットで使える?

番組の検証結果と一般的な食生活は分けて考える

ここで気をつけたいのが、テレビ番組の検証結果と、自分自身のダイエットをそのまま結び付けないことです。

仮に番組で「1週間食べても太らなかった」という結果が出ても、それは特定の出演者が、番組の定めた条件で1週間生活した結果です。

年齢、性別、体格、筋肉量、日常の活動量などが違えば、必要となる食事量も変わります。

厚生労働省の「食事バランスガイド」でも、1日に何をどれだけ食べるのが適切なのかは人によって異なるとされています。さらに、体重やBMI、腹囲などを確認しながら、自分にとって適切な量かを考えることが勧められています。

そのため、「テレビで太らなかったから、毎日同じ料理を食べれば痩せる」と考えるのは避けた方がよいでしょう。

一方で、番組をきっかけに普段の外食を見直すことには意味があります。

いつも何となく注文している料理について、「タンパク質はどのくらいあるのか」「ご飯の量を調整できるのか」「野菜を加えられるのか」などと考えるきっかけになるからです。

チェーン店でメニューを選ぶときのポイント

ダイエットを考えると、「外食は悪い」「自炊ならよい」と単純に考えてしまうことがあります。

しかし、重要なのは店の種類だけではなく、食事全体の内容と量です。

外食でも選択肢が多い店なら、自分に合った組み合わせを考えることができます。

その意味で、今回の『X秒後の新世界』は、「チェーン店で食べる=太る」というイメージを検証する企画ともいえるでしょう。

もちろん、結論はまだ分かりません。

もしかすると予想外に体重が増えるのかもしれませんし、ほとんど変化しないのかもしれません。

重要なのは、最終的な数字だけでなく、「どういう選択をしたため、その結果になったのか」を見ることです。

これなら、放送を単なるダイエット企画として楽しむだけではなく、普段の外食を考えるヒントにもなりそうです。

X秒後の新世界9月22日放送回の内容

放送日時と出演者

今回の『X秒後の新世界』は、2026年9月22日22時00分から22時54分まで日本テレビ系で放送予定です。

番組は、世の中にあるちょっとした疑問や謎を独自に検証し、新しい情報や知識を紹介していくバラエティーです。

9月22日放送回は「食欲の秋直前…食べ過ぎ注意!ダイエットSP」とされています。

マッチョが選ぶチェーン店企画以外にも、「上野の西郷隆盛像はダイエット中だった?」というテーマや、「悪態をつくと筋トレ効率が上がる?」という検証などが予告されています。後者には四千頭身のメンバーも参加します。

MCは霜降り明星のせいやさん、藤井貴彦さん、ヒコロヒーさん。

ゲストには、いとうあさこさん、王林さん、関根勤さん、原菜乃華さん、渡邊圭祐さんが出演します。VTR出演として、彦摩呂さん、四千頭身の後藤拓実さん、石橋遼大さんの名前が発表されています。

なお、TVerでは9月22日放送回についてリアルタイム配信ページが公開されています。

放送時間にテレビを見られない人は、配信情報についても確認しておくとよいでしょう。

サラダチキンのアレンジ対決も放送

そして9月22日放送回には、もう一つ食事に関する注目企画があります。

それがサラダチキンの即興スピードアレンジ対決です。

番組表では、ヘルシー食材として知られるサラダチキンを題材に、予約3年待ちと紹介される名店の店主と「イタリアンの新星」が対決すると予告されています。

さらに、「5分28秒で完成?」「火を使わない絶品チキンカレー」といった内容も紹介されており、スタジオが驚く料理が登場するようです。

サラダチキンといえば、そのまま食べる人も多い食品です。

手軽に購入できる一方で、毎回同じように食べていると飽きてしまうという人もいるでしょう。

それを料理人が短時間でどのように別の料理へ変えるのか。

こちらも、自宅で再現できる内容が紹介されれば注目を集めそうです。

特に火を使わないチキンカレーは、調理時間や手軽さという面からも気になります。

マッチョが選ぶチェーン店で「外食」を取り上げ、サラダチキン対決では身近な食品の「アレンジ」を紹介する。9月22日放送回は、食欲の秋を前にした食事とダイエットをさまざまな角度から扱う内容になりそうです。

「マッチョが選んだチェーン店」で本当に注目したいこと

「X秒後の新世界 マッチョが選んだチェーン店」と検索する人の多くは、まず店の名前を知りたいでしょう。

その気持ちはよく分かります。

しかし、今回の企画で本当におもしろいのは、「どこの店なのか」という一点だけではないのかもしれません。

どの料理を選んだのか。

どのくらい食べたのか。

1日何回食べたのか。

運動はどうしていたのか。

そして1週間後、体重や体組成がどう変化したのか。

こうした条件を一つずつ確認することで、初めて「マッチョが選んだチェーン店なら1週間食べ続けても太らない?」という問いに対する番組なりの答えが見えてきます。

厚生労働省が示すように、体重管理の基本には摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスがあります。したがって、「○○店なら食べても太らない」という魔法のような話ではありません。

それでも、チェーン店は多くの人にとって身近な存在です。

仕事の途中で利用する人もいれば、夕食を短時間で済ませるために利用する人もいます。

だからこそ、「外食しながら食事をどう選ぶか」という今回のテーマは、意外に実用性のある企画なのではないでしょうか。

まとめ――チェーン店名と1週間後の結果に注目

2026年9月22日放送の『X秒後の新世界』では、「マッチョが選ぶ人気チェーン店なら1週間食べ続けても太らない?」という検証が行われます。

放送は22時00分から22時54分まで。

現時点で公開されている番組情報から確認できるのは、「人気チェーン店をマッチョが選ぶこと」「1週間にわたる検証であること」「ダイエットSPの一企画として放送されること」までです。

一方、具体的なチェーン店名、注文するメニュー、検証対象者、体重の変化、最終的に「太らなかった」のかどうかについては、2026年9月22日午前現在、公開情報では確認できません。

だからこそ、今回の放送ではまず店名に注目です。

そして店が分かったら、次に「何を食べたのか」を確認したいところ。

さらに、「1週間後にどうなったのか」「どんな条件で検証したのか」まで追っていけば、この企画の全体像が分かるでしょう。

チェーン店だから太るのか。

マッチョが選べば太らないのか。

それとも、重要なのは「どこで食べるか」ではなく「何を、どれだけ、どう食べるか」なのか。

その答えが、今回の『X秒後の新世界』で明らかになります。

【知恵泉】山尾庸三とは?長州ファイブ「工学の父」が日本の近代化に残した功績

『知恵泉』山尾庸三とは?長州ファイブ「工学の父」が日本の近代化に残した功績

幕末から明治にかけて活躍した人物といえば、伊藤博文や木戸孝允、井上馨らの名前が思い浮かぶでしょう。しかし、日本が近代的な工業国家へと歩み始めた背景には、彼らほど一般には知られていない重要人物がいました。

その一人が、山尾庸三です。

天保8(1837)年に現在の山口県で生まれ、幕末には伊藤博文らとともにイギリスへ密航。帰国後には、日本に本格的な工学教育を根づかせるために奔走しました。その功績から「工学の父」とも呼ばれています。

2026年9月22日放送のNHK Eテレ『先人たちの底力 知恵泉』でも、山尾庸三が取り上げられます。放送予定のタイトルは「なぜ日本は先進国になれたのか 工学の父 山尾庸三の挑戦」。番組紹介では、海外留学、工業振興のための役所、科学技術を学ぶ学校、さらには障害のある人々への教育まで、山尾が抱いた構想が紹介される予定です。萩市も、番組内で萩博物館所蔵のノコギリやカンナなど、山尾がグラスゴーで使用した資料が紹介されると告知しています。

では、山尾庸三とはいったい何をした人物だったのでしょうか。

その生涯を追っていくと、単に「海外から技術を持ち帰った人」ではなかったことが見えてきます。むしろ山尾が目指したのは、外国の技術に頼り続ける日本ではなく、日本人自身が技術を学び、次の世代へ伝えていける仕組みを作ることだったのです。

今回は『知恵泉』の放送内容につながるポイントを押さえながら、山尾庸三の生涯と功績を詳しく見ていきましょう。

※本稿は2026年9月22日の本放送前に確認できる番組情報と、国立国会図書館・東京大学・萩市・筑波大学附属学校などの公開資料をもとに構成しています。

 

 

『知恵泉』で注目!山尾庸三とは何をした人物?

山尾庸三の生年月日・出身地・経歴

山尾庸三は、天保8(1837)年10月8日(新暦1837年11月5日)に生まれました。

国立国会図書館「近代日本人の肖像」では、生没年を天保8年10月8日~大正6年12月21日、すなわち1837年11月5日~1917年12月21日としています。満80歳の生涯でした。

生まれた場所は、周防国吉敷郡二島村。現在の山口県山口市秋穂二島にあたります。

山口県立山口図書館によれば、父・山尾忠治郎は長州藩重臣・繁沢家の給領地を取り仕切る給庄屋で、庸三はその子として生まれました。つまり、生まれながらの長州藩士だったわけではありません。後に藩士となり、幕末の激動へ飛び込んでいくことになります。

若い頃には江戸へ出て学問や剣術を学びました。山口県立山口図書館の人物案内では、安政3(1856)年に江戸へ向かい、神道無念流の練兵館に入ったことが確認できます。

その後の山尾は、幕末の尊王攘夷運動とも無縁ではありません。

文久2(1862)年には高杉晋作らが関わった英国公使館焼き討ちに参加したとされます。ところが、その翌年には自らイギリスへ渡ることになります。

一見すると矛盾しているようですが、そこに幕末という時代の面白さがあります。

「外国を追い払う」と叫んでいた若者たちが、やがて西洋の圧倒的な技術力を前にして、「まずは相手を知らなければならない」と考え始めるのです。

その大きな転換点となったのが、長州ファイブの英国渡航でした。

なぜ山尾庸三は「日本の工学の父」と呼ばれる?

山尾庸三を語る際、しばしば登場するのが「日本の工学の父」という呼称です。

萩博物館は平成29(2017)年、没後100年記念企画展そのものを「日本の工学の父 山尾庸三」と題しています。展示紹介では、山尾が工部大学校の創設に尽力し、日本の工学教育を牽引した人物として紹介されました。

ここで重要なのは、山尾自身が優れた技術を一つ発明したから「工学の父」と呼ばれているわけではない、という点です。

山尾が力を注いだのは、もっと根本的な部分でした。

日本で技術を学べる学校を作る。

外国人技師から体系的に知識を学ぶ。

座学だけではなく、実際の現場でも技術を習得する。

そして、そこで育った日本人が、さらに日本の産業を支えていく――。

つまり山尾が目指したのは、技術そのものではなく「技術者を生み続ける仕組み」だったのです。

明治4(1871)年には工部省に工学教育を担う機関が設けられ、やがて工部大学校へ発展します。日本工学教育協会も、山尾らの建議による工学教育制度の整備を、日本の工学教育の本格的な出発点として位置づけています。

だからこそ、山尾を理解するキーワードは「発明家」ではなく「教育」なのです。

『知恵泉』では山尾庸三の何が取り上げられる?

2026年9月22日放送予定の『知恵泉』では、山尾庸三について「一本気」という人物像が前面に出されています。

番組紹介では、異国へ長期間留学したい、政府に工業振興のための役所を作りたい、日本で最新科学を学べる学校を作りたい、障害のある人々にも教育の場を与えたい、といった山尾の構想が紹介されています。

ここに並んでいる事柄は、一見するとバラバラです。

海外留学。

政府組織。

工学校。

障害者教育。

しかし山尾の人生をたどってみると、実は一本の線でつながっています。

それは、「人は、学ぶ場所さえ与えられれば能力を発揮できる」という考え方です。

工業後進国だった日本も、教育すれば技術者を育てられる。

障害がある人でも、教育と技術を身につければ社会で働くことができる。

山尾の工学教育と障害者教育は、まったく別の活動ではありませんでした。

そこには共通する思想があったと考えると、その人物像がぐっと理解しやすくなります。

幕末にイギリスへ!山尾庸三と「長州ファイブ」

長州ファイブとは?伊藤博文ら5人が英国へ渡航

文久3(1863)年5月、長州藩は5人の若者を密かにイギリスへ送り出しました。

メンバーは、伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助、そして山尾庸三。

後世、この5人は「長州ファイブ」あるいは「長州五傑」と呼ばれるようになります。

萩博物館によれば、当時は日本人が自由に海外へ渡航できる時代ではありませんでした。5人は国禁を破って英国へ渡り、帰国後に日本の近代化・工業化へ大きく貢献しました。

現在では明治日本を代表する政治家として知られる伊藤博文や井上馨も、このときはまだ若者です。

しかも5人が後に進んだ道は、それぞれ異なりました。

伊藤博文は政治。

井上馨は外交や財政。

井上勝は鉄道。

遠藤謹助は造幣。

そして山尾は工学教育。

英国で同じ時代を見た5人が、それぞれ別の分野から明治国家の形成を支えることになります。

この点だけでも、長州ファイブの英国留学が日本史上きわめて重要な出来事だったことが分かるでしょう。

なぜ攘夷の長州藩士がイギリスへ向かったのか

幕末の長州藩は、もともと強硬な攘夷運動で知られていました。

山尾自身も英国公使館焼き討ちに関わったとされています。

では、その人物がなぜ英国へ渡ったのでしょうか。

幕末の日本が直面していたのは、理念だけでは解決できない「国力の差」でした。

蒸気船。

大砲。

鉄道。

造船所。

工場。

通信。

西洋諸国が産業革命を経て獲得していた科学技術は、当時の日本とは比較にならない水準へ進んでいました。

そこで必要になったのが、「西洋を拒絶する」だけではなく、「西洋がなぜ強いのかを学ぶ」という発想です。

萩博物館も、幕末・明治期の海外渡航者について、西洋諸国で見聞を広めることによって、日本が進むべき方向を考えるヒントを得たと説明しています。

つまり山尾たちの渡英は、思想の転換でもありました。

外国を排除する側から、外国から学ぶ側へ。

しかも、その知識をそのまま輸入するのではなく、やがて日本国内で再生産できるようにする。

山尾庸三の後半生を考えれば、英国で見たものがどれほど大きな衝撃だったのかがうかがえます。

グラスゴーの造船所で山尾庸三は何を学んだ?

英国へ到着した長州ファイブは、それぞれ必要な分野を学んでいきます。

山尾はロンドンで学んだ後、スコットランドのグラスゴーへ向かいました。

そして造船所で実際に働きながら技術を学びます。

東京大学が公開しているヘンリー・ダイアー関係資料には、山尾がグラスゴーのネイピア造船所で造船技術を実地に学び、アンダーソン・カレッジの夜間クラスにも通っていたことが記されています。後に工部大学校の中心人物となるダイアー自身も、その時期に山尾を目にしていたと回想しています。

ここは、山尾庸三を理解するうえで非常に重要でしょう。

彼は、ただ学校の教室で西洋技術を学んだわけではありません。

昼は造船所。

夜は学校。

理論と実地の両方を学んでいたのです。

後に山尾が日本で実践的な工学教育を作ろうとした背景には、こうした英国での経験があったと考えるのが自然です。

2026年9月22日の『知恵泉』では、萩博物館が所蔵している山尾のノコギリやカンナなども紹介される予定です。

一人の日本人青年が遠くグラスゴーの造船所で手にした道具。

その経験が、後に日本の工学教育制度へつながっていく。

そう考えると、単なる「偉人の遺品」とは違った意味が見えてきます。

山尾庸三は日本の工学教育をどう作ったのか

帰国後に明治政府へ入った山尾庸三

山尾は明治元(1868)年に帰国しました。

明治維新によって日本の政治体制は大きく変化していました。

新政府にとって急務となったのが、欧米諸国に追いつくための近代化です。

道路、鉄道、電信、鉱山、造船、製鉄――。

これらを整備するには、高度な専門技術が必要でした。

しかし問題があります。

機械は買える。

外国人技術者も雇える。

ところが、日本人自身が技術を理解していなければ、いつまでも外国に頼らなければなりません。

そこで山尾たちが重視したのが技術者教育でした。

国立国会図書館は、帰国後の山尾について、工部省に入り、お雇い外国人の招聘と技術者養成に尽力した人物と説明しています。後には工部卿、宮中顧問官、法制局長官などを歴任し、子爵となりました。

英国で自分自身が学んだ山尾だからこそ、「外国の技術を購入するだけでは足りない」ということが分かっていたのでしょう。

工部省と「工学寮」とは何だった?

明治3(1870)年、明治政府に工部省が設置されました。

アジア歴史資料センターは、工部省について、西欧の技術・産業の移植を目的とし、殖産興業政策を担った中央官庁と説明しています。鉄道建設や鉱山開発などは、とりわけ重要な事業でした。

つまり工部省は、現在の一つの省庁へ単純に置き換えられる組織ではありません。

鉄道もやる。

鉱山もやる。

造船もやる。

電信もやる。

そして技術者教育まで担う。

近代国家に必要な産業基盤を、一気に整えていこうとした巨大組織だったわけです。

その工部省の中に、明治4(1871)年、工学寮が置かれました。

日本工学教育協会によれば、明治4(1871)年9月、山尾らの建議によって、技術官吏を養成するための工学寮設置が進められました。翌明治5(1872)年には工学校の制度が整備され、やがて本格的な工学教育が始まります。

これは日本の近代化において極めて重要な意味を持ちました。

外国人に仕事を頼むだけではなく、日本人を技術者にする。

いわば「完成品を輸入する政策」から、「知識を日本国内で生産する政策」への転換だったからです。

工学寮から「工部大学校」へ

山尾が関わった工学寮は、その後さらに発展します。

明治10(1877)年、工学寮は工部大学校と改称されました。

アジア歴史資料センターによれば、工部大学校はお雇い外国人教師による高度な工業技術教育を行う機関で、理論と実地の双方を学ぶ教育が展開されました。工部省廃止後の明治18(1885)年には文部省へ移管され、翌年、東京大学工芸学部と合併して帝国大学工科大学となります。

文部科学省も、工部大学校について、理論研究と実地修練を組み合わせた高度な工学教育を行った機関と位置づけています。

ここが山尾の大きな功績です。

日本に大学ができる。

そこで工学を体系的に学ぶ。

卒業生が鉄道・建築・電気・造船などの現場へ出ていく。

その卒業生がさらに後進を育成する。

一度この循環ができれば、技術力は一代限りでは終わりません。

日本国内に知識が蓄積されていくのです。

山尾が「工学の父」と呼ばれる理由も、ここにあります。

ヘンリー・ダイアーと山尾庸三の関係

工部大学校を語るうえで欠かせない人物が、スコットランド出身のヘンリー・ダイアーです。

明治6(1873)年、若きダイアーは英国人教師団とともに日本へやって来ました。

東京大学の資料によれば、ダイアーは工部大学校で、予科・専門教育・実地教育を組み合わせる構想を進めました。工学を単なる机上の学問とせず、実際の産業現場につなげていくことが大きな特徴でした。

そして面白いのは、先ほど触れた通り、山尾とダイアーが日本で初めて出会ったわけではないことです。

山尾がグラスゴーの造船所で働き、夜間学校へ通っていた時代、若きダイアーも同じグラスゴーにいました。

後にダイアーは、工学校の成功について山尾の努力が大きかったという趣旨を回想しています。

日本人の山尾は、自分が英国で見た工学教育を日本へ根づかせようとする。

英国人のダイアーは、日本で本格的な教育制度を組み立てる。

その二人がグラスゴーという場所で偶然につながっていたことは、歴史の不思議を感じさせます。

工部大学校は現在の東京大学工学部へどうつながった?

工部大学校の歴史は、その後の東京大学へつながっていきます。

工部省が廃止された後、工部大学校は文部省へ移管され、明治19(1886)年に帝国大学工科大学へ統合されました。

東京大学も、工学部の前身として工部大学校を位置づけています。同大学の工学部紹介では、山尾庸三を工学頭として明治4(1871)年にその前身が作られ、ダイアーらによって日本の工学教育の礎が築かれたと説明されています。

つまり、

山尾庸三
↓
工学寮
↓
工部大学校
↓
帝国大学工科大学
↓
現在の東京大学工学系

という大きな流れを見ることができます。

もちろん、現在の東京大学工学部が山尾一人によって作られたわけではありません。

多くの官僚、外国人教師、教育者、学生が関わっています。

それでも、その出発点で「日本には日本人技術者を育てる学校が必要だ」と訴え、制度作りを進めた山尾の存在が重要だったことは間違いありません。

山尾庸三はなぜ障害者教育にも力を注いだのか

英国で目にした聴覚障害者の働く姿

山尾庸三について調べると、もう一つ意外な功績が出てきます。

それが障害者教育です。

工学教育の推進者が、なぜ障害者教育にも関わったのでしょうか。

その背景にも、英国体験があったとされています。

筑波大学附属聴覚特別支援学校の学校史によると、山尾は英国の造船所で、耳の不自由な人が熟練工として働いている姿を見ました。そして教育の効果を認識し、盲学・唖学の学校設立を求める建白へとつながったとされています。

この話は非常に象徴的です。

耳が聞こえない。

だから働けない。

そう決めつけるのではなく、教育や訓練によって技術を習得すれば、熟練した職人として働くことができる。

山尾が英国で目にしたのは、その現実でした。

そして彼は、それを日本でも実現できないかと考えます。

工学教育と障害者教育。

一見すると距離があるようですが、山尾にとっては同じだったのかもしれません。

「教育によって、その人が持つ能力を社会へ生かす」。

英国で見たものを日本の制度へ変えるという点でも、工学教育と共通しています。

山尾庸三が「盲学・唖学」の学校設立を目指した理由

明治初期、日本では障害のある人々が体系的な教育を受けられる環境はほとんど整っていませんでした。

その時代に山尾は、盲者・聾者への学校教育の必要性を唱えます。

筑波大学附属聴覚特別支援学校は、山尾が盲学・唖学の二校を創建するための建白書を提出することになった、と学校史で紹介しています。

ここにも「一本気」と評される山尾の姿が見えてきます。

日本には工学教育がない。

ならば作ればいい。

障害のある人が学べる場所がない。

ならば作ればいい。

すでにある制度の中で出世することだけを考えるのではなく、「必要なのに存在しない仕組み」を作ろうとする。

山尾の人生には、この姿勢が繰り返し現れています。

楽善会と訓盲院の設立

明治8(1875)年、古川正雄、津田仙、中村正直、岸田吟香らによって楽善会が組織されました。

筑波大学附属聴覚特別支援学校の沿革によれば、山尾は翌明治9(1876)年に楽善会へ入会。同年、東京府から訓盲所設立が認められました。さらに明治天皇から3000円の下賜金があり、事業の基礎が整っていきます。

明治12(1879)年には東京・築地に訓盲院の建物が完成。

明治13(1880)年には盲児と聾児が入学しました。後に訓盲唖院、東京盲唖学校へと名称を変えていきます。

国立国会図書館も、山尾を「技術者」であると同時に「視覚障害教育の先駆者」と紹介し、楽善会訓盲院の創立に尽力した人物と位置づけています。

日本の工学教育史と特別支援教育史。

まったく異なる二つの歴史の入口に、同じ山尾庸三が立っているのです。

これは彼を単なる「明治政府の官僚」として見るだけでは分からない一面でしょう。

山尾庸三は日本の近代化に何を残した?

「外国の技術を買う」から「日本人技術者を育てる」へ

明治政府は、近代化の過程で多数のお雇い外国人を招聘しました。

それ自体は必要な政策です。

当時の日本には鉄道、鉱山、電信、造船などの分野で高度な技術を持つ人材が不足していました。

しかし、外国人技師を雇い続けるだけでは、日本の技術力は自立しません。

外国人が帰れば、知識も失われてしまう可能性があります。

そこで必要になるのが教育です。

外国人技師から日本人学生が学ぶ。

日本人学生が技術者になる。

その技術者が日本の鉄道や工場、鉱山、建築を支える。

さらに、その技術者が次世代を育てる。

この循環が成立すれば、技術は一時的な「輸入品」ではなく、日本社会の内部に蓄積される知識になります。

山尾庸三の功績は、この転換を推し進めたことにありました。

アジア歴史資料センターによれば、工部大学校では高度な工業技術教育が行われ、工部省廃止後もその教育制度は帝国大学工科大学へ受け継がれていきました。

山尾が作ろうとしたのは、一校の学校だけではありません。

日本が自分の力で技術者を生み出すための「仕組み」だったのです。

長州ファイブ5人は帰国後それぞれ何をした?

長州ファイブの面白さは、5人が同じ仕事をしたわけではないことです。

英国で近代国家を目撃した彼らは、帰国後、それぞれ別の分野へ進みました。

伊藤博文は、後に初代内閣総理大臣となり、政治制度の整備に深く関わります。

井上馨は、外交・財政・産業政策などで明治政府を支えました。

井上勝は、鉄道行政を牽引する人物となります。

遠藤謹助は造幣事業に関わりました。

そして山尾庸三は、工学教育を中心に日本の技術者育成へ取り組みます。

萩市も、5人について、英国渡航後に日本の近代化・工業化の舵取り役としてそれぞれの道で功績を残したと紹介しています。

興味深いのは、鉄道を整備する人だけでも、政治制度を作る人だけでも、近代国家は完成しないということです。

政治。

外交。

金融。

造幣。

鉄道。

工学。

それぞれが結びついて初めて国家全体の近代化が進みます。

そう考えると、長州ファイブは単なる「幕末の留学生グループ」ではなく、明治日本のさまざまな分野へ種をまいた人々だったともいえるでしょう。

工部大学校の卒業生は日本の産業をどう支えた?

工部大学校からは、その後の日本を代表する技術者が多数育っていきました。

たとえば辰野金吾。

東京駅や日本銀行本店などで知られる、日本近代建築を代表する建築家です。

また、藤岡市助は電気技術の発展に大きく貢献し、「日本のエジソン」と呼ばれることもあります。

山口県立山口図書館も、工学寮・工部大学校が辰野金吾や藤岡市助などの人材を送り出したことを紹介しています。

ここで山尾の功績がさらに分かりやすくなります。

山尾自身が全国の鉄道を設計したわけではありません。

全国の橋を架けたわけでもありません。

あらゆる工場を自分で建設したわけでもない。

しかし、そのような仕事をする人材を育てる学校の成立に力を注ぎました。

一人の天才が百の仕事をするより、百人の専門家を育てる。

そう考えれば、教育という仕事がいかに長期的な影響を持つかが分かります。

『知恵泉』山尾庸三から考える「人を育てる」という知恵

海外で学んだことを日本向けに作り替える

山尾庸三は、英国で見たものをそのまま日本へ持ち込もうとしただけではありませんでした。

重要なのは、英国で得た経験から「何が必要なのか」を考え、日本の制度へ落とし込もうとしたことです。

造船所で働く。

夜に学校へ通う。

実際の技術と理論の双方を学ぶ。

そこで得た経験が、後に日本の工学教育へつながりました。

一方、英国で障害のある熟練工が働いている姿を見る。

そこから、障害のある人にも教育の場を作る必要性を考える。

どちらも、「外国ではこうしているから同じものを輸入しよう」という単純な模倣ではありません。

海外で見た事例から原理を学び、それを日本社会に必要な制度へ変換していく。

明治日本の近代化を考えるうえで、この「翻訳する力」は非常に重要だったのではないでしょうか。

技術より先に「人」を育てる

山尾の人生から最も分かりやすく見えてくるのは、「人を育てる」という発想です。

最新鋭の機械があっても、それを扱う人がいなければ役に立ちません。

立派な工場があっても、技術者がいなければ動きません。

鉄道を造っても、保守や改良を担う人材が必要です。

そして人材は、突然生まれるものではありません。

学ぶ場所が必要です。

教師が必要です。

実習する場所が必要です。

何年もかけて教育する必要があります。

明治維新直後、すぐに欧米へ追いつきたい政府にとって、人材育成は遠回りにも見えたでしょう。

しかし長期的に見れば、最も確実な道でもありました。

山尾は英国で、日本と西洋の技術力の差を目撃しました。

それでも、「日本人には無理だ」とは考えなかった。

学校を作り、教育すれば追いつける。

同じように、障害のある人を「できない人」と決めつけず、教育によって能力を伸ばせると考えた。

ここに山尾庸三という人物の一貫性が見えてきます。

なぜ山尾庸三は今もっと知られていい人物なのか

山尾庸三は、伊藤博文ほど有名ではありません。

歴史の教科書でも、その名前を大きく扱われることは少ないでしょう。

しかし功績を並べてみると、実に興味深い人物です。

幕末に英国へ渡る。

造船所で働きながら学ぶ。

明治政府で工業政策に携わる。

技術者教育を進める。

工部大学校の成立に尽力する。

後に東京大学工学系へつながる教育制度の基礎を築く。

さらに、障害者教育にも関わる。

国立国会図書館が山尾を「技術者」「視覚障害教育の先駆者」と紹介していることからも、その活動範囲の広さが分かります。

政治の表舞台で首相になったわけではありません。

大軍を率いた武将でもありません。

世界的な発明品を一つ残した発明家でもない。

それでも、教育制度を通じて、その後の何百、何千という技術者に影響を与えました。

制度を作る人の功績は、後世から見えにくいものです。

学校が当たり前になれば、誰が最初にその学校を作ろうとしたのか忘れられていく。

技術者が当たり前に育つ社会になれば、「技術者を育成しなければならない」と最初に訴えた人物は目立たなくなる。

しかし、その「当たり前」が存在しなかった時代を考えてみると、山尾の挑戦の大きさが見えてきます。

まとめ|山尾庸三は日本に「技術者を育てる仕組み」を残した

山尾庸三は、天保8(1837)年10月8日、現在の山口県山口市にあたる地域で生まれました。

文久3(1863)年には伊藤博文、井上馨、井上勝、遠藤謹助らとともに英国へ渡航。

グラスゴーでは造船所で実際に働きながら技術を学び、夜間にも勉強を続けました。

明治元(1868)年に帰国すると、今度は英国で学んだ経験を日本の近代化へ生かしていきます。

工部省。

工学寮。

工部大学校。

その流れの中で山尾が目指したのは、外国人技術者へ依存し続けることではありませんでした。

日本人自身が科学と技術を学び、自分たちで産業を動かせるようになることです。

さらに英国で耳の不自由な熟練工を目にした経験などから、盲・聾教育の必要性にも目を向け、楽善会や訓盲院の活動にも関わりました。

こうして振り返ってみると、山尾庸三が生涯を通じて追い続けたものは、実は「工業」だけではなかったことが分かります。

その根底にあったのは、人間を教育することで社会を変えるという発想だったのではないでしょうか。

機械を輸入するだけでは国は変わらない。

学校を作り、人を育てる。

海外で知識を得た人だけが成功するのではなく、その知識を次の世代へ渡せる仕組みにする。

そして、これまで教育の機会から遠ざけられていた人にも学ぶ場所を作る。

2026年9月22日放送の『知恵泉』が掲げるテーマは、「なぜ日本は先進国になれたのか 工学の父 山尾庸三の挑戦」です。

もちろん、日本の近代化を山尾一人の功績で説明することはできません。

数え切れないほど多くの政治家、官僚、技術者、外国人教師、実業家、そして学生が関わっています。

それでも、その大きな流れの入り口で、

「まず人を育てなければならない」

と考え、学校という形にしようとした山尾庸三の存在は見逃せません。

日本が外国の機械を買う国から、自ら技術者を育てる国へ。

その転換を支えた人物の一人こそ、「日本の工学の父」と呼ばれる山尾庸三だったのです。

シン・ギョーカイシーン「クレーンゲームギョーカイ」とは?

クレーンゲームと聞くと、「ぬいぐるみやフィギュアを取るゲーム」だと思っていませんか?

実は現在、クレーンゲームを含むプライズゲームは、ゲームセンターの売上を支える大きな存在になっています。その根拠となるのが、日本アミューズメント産業協会(JAIA)の統計です。

そして、その知られざる世界に迫るのが、令和8(2026)年9月22日にNHK総合で放送予定の『シン・ギョーカイシーン クレーンゲームギョーカイ』です。

番組予告を見ると、プロクレーンゲーマーによる攻略法だけではありません。店員によるゲーム機の調整、接客、日用品まで登場している「景品革命」、景品の品質向上など、クレーンゲームを取り巻くさまざまな変化が取り上げられる予定です。

いつの間にか、ゲームセンターの一角にある遊びから、巨大な市場へと成長していたクレーンゲーム。

いったい、そこで何が起きているのでしょうか。

番組の予告内容を入口として、クレーンゲームの攻略、景品、店舗運営、ルール、そして成長を続ける業界の現在について見ていきましょう。

 

 

シン・ギョーカイシーン「クレーンゲームギョーカイ」とは?

放送日時・放送局・番組内容

『シン・ギョーカイシーン クレーンゲームギョーカイ』は、令和8(2026)年9月22日、NHK総合で21時30分から22時まで放送予定の番組です。

番組表に掲載された紹介文によると、テーマとなるのは「空前の盛り上がりを見せるクレーンゲーム業界」です。

そこで焦点を当てるのが、プレイヤー、ゲームセンターのスタッフ、そして業界を長年取材してきたライターという3つの視点です。

クレーンゲームというと、どうしても「景品が取れるか、取れないか」という部分だけに目が向きますよね。

ところが、その裏には景品を企画する企業があり、ゲーム機を製造する企業があり、実際の店舗で景品を配置したりゲーム機を調整したりするスタッフがいます。

さらに、どのような景品を提供できるのかについても一定のルールがあります。

つまり、1回100円などで遊ぶクレーンゲームの向こう側には、意外なほど大きな「ギョーカイ」が存在しているわけです。

今回の『シン・ギョーカイシーン』は、その舞台裏を30分でひも解いていく番組といえるでしょう。

吉村崇・もっかい・森下茉利奈・鴫原盛之ら出演者

司会を務めるのは平成ノブシコブシの吉村崇さん。

ゲストとして、もっかいさん、森下茉利奈さん、鴫原盛之さんが出演し、語りを長井短さんが担当します。

注目したいのが、3人のゲストの立場がまったく異なっていることです。

もっかいさんはクレーンゲームをプレイする側。

森下さんはゲームセンターの運営を知る側。

鴫原さんはゲーム業界を取材し、その変化を記録してきた側です。

同じクレーンゲームでも、見る場所が変われば風景も変わります。

単なる「攻略番組」ではなく、ひとつの産業としてクレーンゲームを見る構成になっているところが、この回の大きなポイントといえそうです。

クレーンゲームで起きている「景品革命」とは?

ティッシュなどの日用品がクレーンゲームの景品に

番組予告で特に気になる言葉があります。

それが「景品革命」です。

クレーンゲームの景品と聞けば、ぬいぐるみやフィギュアを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

もちろん、現在もキャラクターグッズはクレーンゲームの重要な景品です。

しかし番組予告では、ティッシュペーパーなどの日用品が人気を集めている状況が紹介される予定となっています。

ここには、クレーンゲームという遊びそのものの変化が見えてきます。

昔ながらの考え方なら、ゲームセンターへ行き、好きなキャラクターのぬいぐるみを見つけ、「欲しいから挑戦する」という流れが中心でした。

ところが日用品であれば話が変わります。

必ずしもキャラクターのファンでなくても挑戦できます。

普段使う物が景品になれば、「取れたらうれしい」という動機も生まれます。

物価高が続く状況のなか、実用品がクレーンゲームの景品になること自体が、娯楽と生活用品の境界を少しずつ変えているのかもしれません。

ただし、番組内で具体的にどの商品がどのような理由から人気になったと説明されるのかは、放送前の段階では確認できません。

ここは実際の放送内容と分けて考える必要があります。

景品はなぜここまで豪華・高品質になったのか

近年のゲームセンターを訪れると、景品の存在感に驚くことがあります。

大型のぬいぐるみだけでなく、細部まで造形されたフィギュアなど、景品とは思えないほど作り込まれた商品もあります。

こうした景品は一般の小売商品とは異なり、アミューズメント施設向けに企画された専用商品も少なくありません。

JAIAも、クレーンゲームなどで扱われるアミューズメント専用景品について、適正な景品を示すための「AMプライズマーク制度」を運用しています。これはJAIAの景品提供営業ガイドラインに適合するアミューズメント専用景品に表示する制度です。

つまり、クレーンゲームの景品は「おまけ」のような存在ではなく、ひとつの商品ジャンルとして発展してきたともいえます。

プレイヤーからすれば、魅力的な景品があるほどゲームをしてみたくなります。

店舗側から見れば、景品そのものが来店する理由になります。

そのため景品の品質向上は、クレーンゲーム市場の成長を考えるうえで重要な要素なのです。

クレーンゲームの景品は「1000円以下」?

ここで知っておきたいのが景品価格のルールです。

現在の解釈運用基準では、クレーン式遊技機などで提供される物品について、小売価格がおおむね1,000円以下のものを提供する場合は、風営法上の「遊技の結果に応じて賞品を提供」することには当たらないものとして扱われています。

JAIAもこの基準に従って運営するよう求めています。

この金額は昔から1,000円だったわけではありません。

平成13(2001)年9月20日に800円以下と明文化され、その後、令和4(2022)年3月1日に1,000円へ改定されました。

ここは少し注意したいところです。

「1,000円までなら、どんな商品でも自由に景品にできる」という単純な話ではありません。

景品提供営業には別途ガイドラインがあり、どのような方法で景品を獲得させるのかなどについてもルールがあります。

それでも800円から1,000円への変更は、景品を取り巻く環境の変化を知るうえで大きなポイントでしょう。

番組予告で「景品の品質向上を導いた背景」が扱われる予定とされているのも、このような業界の変化と無関係ではなさそうです。

プロクレーンゲーマーが明かすクレーンゲーム攻略の世界

プロクレーンゲーマー・もっかいとは?

番組でプレイヤー側の視点を担うのがもっかいさんです。

もっかいさんは「もっかいちゃんねる」を中心に活動するクレーンゲームYouTuberです。

令和2(2020)年に所属事務所Kiiiが公開した紹介では、鹿児島を拠点に全国を巡り、UFOキャッチャーの攻略、技、店舗紹介などを発信するYouTuberとして紹介されています。

またDMMオンクレが令和8(2026)年に公開したインタビューでは、平成29(2017)年からYouTubeで活動し、全国各地のゲームセンターを回りながら攻略動画などを投稿していると紹介されています。

なお、生年月日については非公式サイトなどに情報が見られるものの、今回確認した本人・所属先などの信頼性の高い公開資料では、生年まで含めた確実な生年月日を確認できませんでした。

そのため、ここでは断定しません。

検索記事では、こうした人物情報こそ慎重に扱う必要があります。

番組では「プロクレーンゲーマー」として、戦略と技術に裏打ちされた攻略法を披露する予定です。

普段何となくアームを動かしている人にとって、プロが「どこを見ているのか」は気になるところではないでしょうか。

クレーンゲームは運だけではない?攻略に必要な考え方

クレーンゲームでありがちな失敗は、「景品を上からつかめば取れる」と考えてしまうことです。

しかし、クレーンゲームの種類はひとつではありません。

2本アームの機械もあれば、3本爪タイプもあります。

景品が直接置かれている場合もあれば、棒などの上に箱が置かれている場合もあります。

機種や景品の配置によって、プレイヤーが考えるべきことは変わってきます。

SEGAのゲームセンター案内でも、UFO CATCHER 10などの2本アーム機とUFO CATCHER TRIPLEなどを分けて遊び方を紹介しており、景品の種類別に取り方を案内しています。

つまり、クレーンゲームには一種類の万能な攻略法があるわけではありません。

景品の位置、形、大きさ、アームが動く方向、周囲の障害物などを観察し、「1回で取る」より「次にどう動かすか」を考える場面もあります。

だからこそ、熟練したプレイヤーのゲームは戦略的に見えるのでしょう。

番組で、もっかいさんが具体的にどのような技を披露するのか。

放送後に注目されそうなポイントです。

クレーンゲームの「確率機」とは?実力との違い

クレーンゲームについて検索すると、よく「確率機」という言葉を目にします。

特に3本爪タイプなどについて、「一定の金額を使うとアームが強くなる」と説明されることがあります。

ただし、この言葉は慎重に扱う必要があります。

クレーンゲームには多くの機種があり、それぞれ仕様が異なります。

アームの強弱などを調整できる機種が存在する一方で、すべてのクレーンゲームが同じ仕組みで動いているわけではありません。

過去のメーカー取材でも、アームの強弱を設定できることを認めた企業がある一方、「確率の設定」については否定する回答も報じられています。

ですから、「クレーンゲームは全部確率で決まっている」「技術は関係ない」と考えるのも正確ではありません。

特に2本アーム型の一般的なクレーンゲームでは、景品をどの方向へ動かすかなどプレイヤー側の操作が結果に影響します。

番組でも「戦略と技術に裏打ちされた攻略法」が紹介される予定です。

運だけでは説明できない部分があるからこそ、クレーンゲームを専門に研究するプレイヤーが成立しているのでしょう。

ゲームセンター店員はクレーンゲームをどう調整している?

景品の置き方やゲーム機の調整にもプロの技がある

プレイヤーがゲームセンターへ行くと、目に入るのはクレーンゲーム機と景品です。

しかし、その状態を作ったのは店舗スタッフです。

どこに景品を置くのか。

どんな見せ方にするのか。

どのゲーム機にどの商品を入れるのか。

こうした店舗側の仕事も、クレーンゲームを成立させる重要な要素です。

番組予告では、ゲームセンターのスタッフが「思わずプレイしたくなるゲーム機」の調整法を紹介するとされています。

これは非常に興味深いところです。

難しすぎれば、プレイヤーは諦めてしまうでしょう。

一方、簡単すぎてもゲームとしての面白さが薄れるかもしれません。

さらに、景品自体が魅力的に見えなければ、そもそも遊んでもらえません。

ゲームセンターのクレーンゲームは、機械と景品を置けば自動的に商売になるわけではないのです。

プレイヤーが「やってみたい」と思う状態を作るところから、店舗運営は始まっています。

クレーンゲーム店員の「接客の極意」とは?

もうひとつ忘れてはいけないのが接客です。

クレーンゲームを何回かプレイして、どうしても景品が動かない。

そんな経験をしたことがある人もいるでしょう。

ゲームセンターでは、機械だけでなくスタッフとのコミュニケーションも体験の一部になります。

番組でも、スタッフによる「接客の極意」が取り上げられる予定です。

これは店舗側にとって重要なテーマです。

客にとっては、景品を獲得できたかどうかだけが満足度を決めるわけではありません。

分からないときに相談できる。

困ったときにスタッフが対応してくれる。

そうした体験が「またこの店へ来よう」という印象につながることもあります。

クレーンゲームは機械を相手にする遊びですが、その空間を作っているのは人間なのです。

森下茉利奈はどんな人物?

運営側の視点から出演するのが森下茉利奈さんです。

GENDA GiGO Entertainmentの公式採用サイトによると、森下さんは平成28(2016)年に入社し、現在掲載されている社員紹介では新規事業部運営企画課に所属しています。

これまでゲームセンターの現場を経験し、新大久保で店長を務めた経験も本人のインタビューで語られています。

現在の仕事はクレーンゲームだけに限定されたものではありません。

GiGOの採用情報では、さまざまなコンテンツや店舗運営に関わる仕事を行っていることが紹介されています。

つまり森下さんは「クレーンゲームを取る人」ではなく、「遊ぶ場所を作る人」の視点を持っているわけです。

プレイヤーのもっかいさんとは、同じクレーンゲームを見ていても立場がまったく違います。

この対比も番組の面白いところでしょう。

なお森下さんについても、今回確認したGiGO公式プロフィールには生年月日の記載が見当たりません。

確認できない人物情報を無理に付け加えないことも、記事では重要です。

なぜクレーンゲーム業界はいま盛り上がっているのか?

ゲームセンターの主役になったクレーンゲーム

クレーンゲーム人気は感覚的な話だけではありません。

数字を見ると、より分かりやすくなります。

JAIAによれば、令和6(2024)年度のゲームセンター全体の売上高は6,148億円。

そのうちプライズゲームの売上は4,177億円で、全体の68%を占めています。

平成25(2013)年度を見ると、ゲームセンター全体の売上高4,564億円に対してプライズゲームは1,886億円、割合は41%でした。

約11年間で、プライズゲームの売上規模は2倍以上になったことになります。

ただし、この統計における「プライズゲーム売上」はクレーンゲームだけの数字ではありません。

JAIA自身も、景品を獲得するほかのゲーム機の売上が含まれると注記しています。

それでも、現在のゲームセンターにおいて景品獲得型ゲームが非常に大きな位置を占めていることは間違いありません。

さらにクレーンゲーム等の台数は、平成25(2013)年度の13万6,096台から、令和6(2024)年度には25万8,903台となっています。

「ゲームセンター=ビデオゲーム」というイメージを持っている世代には、少し驚く数字かもしれません。

現在のゲームセンターを見るうえでは、クレーンゲームを抜きに語ることが難しくなっているのです。

フィギュア・ぬいぐるみ・日用品まで広がる景品

市場拡大を支えるひとつの要因として考えられるのが、景品の多様化です。

かつてクレーンゲームといえば、大きなぬいぐるみをつかむ遊びという印象もありました。

現在はフィギュア、マスコットなどさまざまなプライズがあります。

そこへ番組が「景品革命」として紹介する日用品まで加わっています。

景品の種類が広がれば、当然、対象となる客層も広がります。

子どもだけ。

アニメファンだけ。

ゲーム好きだけ。

そうした特定の層に限定されないゲームになっていく可能性があります。

むしろ「欲しい物があるから、初めてクレーンゲームに挑戦する」という順番もあるでしょう。

ゲームが先にあるのではなく、景品が入口になるわけです。

これはクレーンゲームならではの特徴です。

ビデオゲームでは「ゲームそのもの」を遊ぶことが目的ですが、クレーンゲームには「欲しい景品を獲得する」という別の目的があります。

その二重構造こそが、多様な利用者を呼び込む強さなのかもしれません。

鴫原盛之が解説するクレーンゲーム業界の変遷

そして業界の歴史を語る立場として出演するのが鴫原盛之さんです。

文化庁の「メディア芸術カレントコンテンツ」に掲載されているプロフィールによれば、鴫原さんは平成5(1993)年に『月刊ゲーメスト』で攻略ライターとしてデビューしました。

その後、ゲームセンター店長やゲームメーカーの営業などを経験し、平成16(2004)年からフリーライターとして活動しています。

ゲーム攻略を書く側だけでなく、実際のゲームセンター運営やメーカー側の経験もある人物です。

ゲーム文化保存研究所のプロフィールでは、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録にも関わっていることが紹介されています。

番組表では「業界取材歴20年のライター」として、景品革命や品質向上など、クレーンゲーム業界の変遷を解説するとされています。

ゲームセンターは一見すると「遊び場」です。

しかし長期間追い続ければ、社会や消費者の変化を映す場所でもあります。

ビデオゲーム中心だった時代。

大型商業施設の店舗。

キャラクター景品。

高品質フィギュア。

そして日用品。

クレーンゲームの景品を並べていくだけでも、その時代に人々が何を求めていたのかが見えてくるのではないでしょうか。

クレーンゲームの景品にはどんなルールがある?

景品価格「おおむね1000円以下」のルール

クレーンゲームについて最も誤解されやすいポイントのひとつが、景品価格です。

先ほど触れたように、現在の解釈運用基準では、小売価格がおおむね1,000円以下の物品をクレーン式遊技機などで提供する場合について、風営法第23条第2項の「遊技の結果に応じて賞品を提供」することには当たらないものとして扱われています。

この「おおむね1,000円以下」という部分が重要です。

単純に「定価1,000円の商品なら何でもOK」と覚えるのではなく、風営法の解釈運用基準や業界ガイドライン全体で考える必要があります。

そして歴史的に見ると、平成13(2001)年に800円と明文化され、令和4(2022)年に1,000円へ改定されています。

約20年間続いた金額が変更されたことになります。

その間には物価や商品価格、景品の品質など、さまざまな環境変化がありました。

現在の豪華なプライズ商品を見る際には、「どうやってこんな商品を景品として出しているのだろう」と思うこともあります。

その背景を理解するうえで、この1,000円という基準は覚えておきたいところです。

高額商品や金券は景品にできる?

では、クレーンゲームで高額商品を直接景品にすることはできるのでしょうか。

JAIAは、景品について小売価格がおおむね1,000円以下という基準を示しています。

さらに重要なのが「二次交換」です。

たとえばクレーンゲームで番号札などを取らせ、その番号札を別の高額商品と交換する。

これなら景品そのものを直接取らせていないので問題ないようにも見えます。

しかしJAIAは、「遊技の結果が物品により表示される」という考え方から、獲得対象の商品を直接狙えることが前提であり、代替品を獲得させた後に別の景品を提供する二次交換は認められないとの見解を示しています。

つまり、高額な商品写真を掲示し、カプセルや番号札を取れば交換できるという方法なら自由に行える、というわけではありません。

また、JAIAの景品提供営業ガイドラインでは、金券類および類似品などについても、景品として製造・販売・流通してはならないものとして挙げられています。

普段何気なく遊んでいるクレーンゲームにも、こうしたルールが存在しているのです。

だからこそゲームセンターは、単に「取れそうなものを置く場所」ではありません。

景品の選定からゲーム機の運営方法まで、一定のルールのなかでサービスを作っています。

シン・ギョーカイシーンで見えてくるクレーンゲームの未来

「取る楽しさ」だけではなくなったクレーンゲーム

クレーンゲームは、景品を取るゲームです。

しかし現在の市場を見ると、それだけでは説明できなくなっています。

好きなキャラクターのグッズを探す。

限定感のある景品を集める。

攻略方法を考える。

友人や家族と遊ぶ。

日用品を狙う。

そして、その攻略動画を見る。

ひとつのクレーンゲームから、さまざまな楽しみ方が広がっています。

実際、機械そのものも多様化しています。

JAIAが令和6(2024)年に紹介したアミューズメント展示会でも、アームを回転させて狙うタイプ、自動景品補充機能を持つタイプ、クレーンで景品をつかんで投げるタイプなど、さまざまな機種が出展されたと報告されています。

「クレーンゲーム」というひとつの名前で呼んでいても、中身はかなり多様なのです。

だから攻略方法もひとつではありません。

景品の楽しみ方もひとつではありません。

この多様性が、クレーンゲームを長く遊べる娯楽にしているのでしょう。

景品・攻略・店舗運営の3方向から見ると業界が分かる

今回の『シン・ギョーカイシーン クレーンゲームギョーカイ』で注目したいのは、誰か1人の達人だけを紹介する番組ではないところです。

もっかいさんは、プレイヤーとしてクレーンゲームを見る。

森下茉利奈さんは、ゲームセンターを運営する側から見る。

鴫原盛之さんは、長年取材してきたライターとして業界の変化を見る。

この3つの視点を組み合わせることで、「なぜ今、クレーンゲームが盛り上がっているのか」が見えてきそうです。

数字だけを見ても、その存在感は明らかです。

平成25(2013)年度には1,886億円だったプライズゲーム市場は、令和6(2024)年度には4,177億円となりました。

ゲームセンター全体に占める売上割合も41%から68%へ上昇しています。

もちろん、この数字にはクレーンゲーム以外の景品獲得ゲームも含まれています。

それでも、ゲームセンター業界で「景品を取る遊び」が巨大な存在になったことは読み取れます。

その一方で、客から見えるのは景品とクレーンだけです。

その裏側で、景品メーカーが商品を開発し、ゲーム機メーカーが新しい機械を作り、店舗スタッフが景品を配置し、接客を行っています。

さらにプレイヤー側でも攻略法が研究され、YouTubeなどを通じて共有されるようになりました。

ひと昔前なら、ゲームセンターの中だけで完結していた遊びが、今ではSNSや動画、キャラクター商品、推し活などとも結びついています。

クレーンゲームは、いつの間にかかなり大きな文化になっていたのです。

そして、令和8(2026)年9月22日放送予定の『シン・ギョーカイシーン』は、その変化を改めて知るきっかけになりそうです。

次にゲームセンターへ行ったときは、単に「この景品が欲しい」と見るだけではなく、ゲーム機の配置や景品の種類、店員の動きにも目を向けてみてはいかがでしょうか。

いつも何気なく見ていたクレーンゲームの向こう側に、意外なほど奥深い「ギョーカイ」が見えてくるかもしれません。